日々是口実~引っ越し版~

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雷電 秋田に来る その3

2010-03-19 21:47:01 | 大相撲
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この雷電日記、実は俗称で現役時代の巡業日記が「諸国相撲控帳」の壱と弐の2冊。引退後、出雲藩相撲頭取になってから書いた公文書「萬御用覚帳」の計3冊をひっくるめて「雷電日記」といっています。
 
その1で書いた内容が「諸国相撲控帳」の壱から、その2と今回の内容は同書の弐に書かれています。
 
で、今回は最後の訪問、文化8年(1811)6月、坂田(山形県酒田市)から秋田入りします。
 
松ヶ崎というところで、3日間18両で興行。
久保田では晴天7日間、85両に定め興行。出羽久保田では、いずれも繁盛した。
ほう沢というところでは、2日で9両、大達というところに向かい晴天3日、40両に定め7月11日に場所を終えた。
 
松ヶ崎は秋田県由利郡岩城町松ヶ崎、久保田は秋田市内、ほう沢は秋田県北秋田郡鷹巣町坊沢、大達は大館市です。こうしてみると、街道の宿場町で興行を打っているのがわかります。(旧町村名です)
 
それから一行は御城下(弘前)、小づくり(木造町?)、鞍石(黒石市?)、青森、森岡(盛岡)を回っていきます。
 
当時の南部藩は丸い土俵ではなく、四角い土俵を使っていました。
 
雷電はもしかして、盛岡の四角い土俵で相撲を取ったのかなぁ。興味が尽きません。