アメージング アマデウス

天才少年ウルフィは成長するにつれ、加速度的に能力を開発させて行きました。死後もなお驚異の進化は続いています。

モーツァルトの不思議なオペラ、魔笛

2016-11-27 04:21:19 | クラシック音楽

 魔笛はモーツアルトの最高傑作と称されながら名演奏・名舞台の少ない
オペラです。その謎に迫ってみます。
 魔笛の謎といえば、誰もが三つの試練、三人の侍女、三人の童子、など
にかかわるフりーメンソーの事だとお思いでしようが、日本人の私に分かり
ませんし、語る資格も有りません。ここで言う謎というのは、冒頭で指摘した
ように、最高傑作で有りながら、極端に名演奏が少ないんです。オペラの重要な
要素は、指揮者、オーケストラ、合唱団、歌手、演出(美術・衣装も含めた)ですが、二つ位の要素が90点だったとしても、必ず50点以下の部分が出てしまいます。それだけモーツアルトが偉大で、魔笛の上演は難しいという事なんでしようね。
 私が観たり聞いたりした数少ない魔笛(それでも十数個にはなります)では殆ど
演出で躓いていました。
 私が最初に感動した魔笛は、イングマール・ベルイマンの映画でした。
 序曲が始まりました。わたしはそこで初めて、こみの序曲が名曲だと言うことに気付かされました。すでにベルイマンの魔術が始まっていたのです。カメラは序曲の間中観客のアップを追い続け、たびたび可愛らしい少女の顔を映し出します。
希望に胸をときめかせて目を輝かせる少女。私はその顔を未だにはっきりと覚えています。死ぬまで忘れないでしょう。
 以来、私は魔笛を観ると、どうしてもベルイマンと比べてしまい、満足した事
が有りません。大蛇が気に入らなかったり、魔笛に併せて縫いぐるみが踊るのが馬鹿馬鹿しくなったり、ザラストロが崇高過ぎたり、夜の女王の悲鳴に悩まされたりしました。
 次に感動したのは、、ケネス・ブラナーの魔笛です。不思議な事にこれも映画ですよね。この作品でもまたまた序曲、奇跡の和音とともに映像がフェードインし、空と雲と蝶、渡り鳥や兎、そこへ戦争の不安が忍び寄ってきます。驚いた事に、序曲の間中ワンカットの移動撮影で通してしまいました。このプロローグだけで十分です。後は観ないでもいいとさえ、その時は思いました。
 観る前、私はどうせ期待はずれだろうがとりあえず観てみようか、という軽
い気持ちでしたが、本当に期待を外されてしまいました。ザラストロの慈愛に
満ちた目、悲しみを秘めた夜の女王、パパパパパパパ、パ、パパパパパパパ、パ、とにかく楽しませてもらいました。ケネス・ブラナーの演出が良かったです。
 この魔笛を観て気がつきました。魔笛は演出主体で創られるべき作品だと。
 どうしてもオペラは指揮者と歌手に重点が置かれてしまうのです。魔笛の上演を成功させるには、優秀な演出家を起用するべきです。
 
 一つ分からないシーンがあったのですが、どなたか教えて居たた゜けませんか?
 無数の墓標を前にしてザラストロが歌います。墓標に刻まれた若者の名前、三分の一が日本人だったのです。第一次世界大戦でこんなに日本の若者が戦死した筈が有りません。もしかしたら、神風か回天なのでしょうか? 結局未だに分かりません。
 ブレゲンツ音楽祭2013で魔笛が上演されました。湖畔の幻想的な舞台設定で、少し日本を意識したような演出でした。これは面白かったですね。
 もし、モーツァルトが東アジアの神秘に包まれたジパングを知っていたとしたら? 面白いですよね。誰かモーツァルトに聞いてくれませんか。

ベルイマンのお薦め映画。
 処女の泉。第七の封印。野いちご。ファニーとアレキサンドル。
 鮮烈だつたのは処女の泉、はまったのは第七の封印、結局この二作品は未だに理解しているとは言えません。いま考えてみると、野いちごが一番良かったのかも知れません

ブラナーのお薦め映画。
ヘンリー五世。ハムレット。愛と死の間。フランケンシュタイン。
 ブラナーはやはりシークスピアです。ハムレットは四時間を超える大作で少々疲れてしまいますが、ヘンリー五世はシェークスピアとブラナーが好きなら是非観て下さい。DVDは廃盤に成っているようです。変わったところで出演作(主演では有りません)のスウィングキッズ、ジャズ好きなら必見です。
 最近のブラナー、余り感心出来るとは言いがたいですね!? アメコミの実写化やシンデレラ等々です。
2016年11月27日 Gorou and Sakon

ベルリンフィル東方見聞録。

2016-11-27 03:40:06 | クラシック音楽

旅人から旅人へ…
語り継がれて来た文化。

 昔、一人の旅人がアジアを訪れてその紀行を遺した。
 彼の名はマルコポーロ、その紀行が東方見聞録。
 そして、2005年十一月、世界最高峰と称されるオーケストラ、ベルリンフィルが音楽探しの旅へと飛び立った。北京、ソウル、上海、香港、台北、東京、アジアの大都市をへ巡りながら調和と理想を探し、或いは混沌と幻想から逃れる為の旅でもあった。

 ベルリンフィル2005年アジアツァーがドキュメンタリー映画として公開され、DVDで発売されています。余りにも素晴らしいので紹介したいと思います。
 この作品の日本語タイトルは、「ベルリンフィル最高のハーモニーを求めて」ですが、このハーモニーは必ずしも音楽的なハーモニーでは無く、演奏技術と心、楽団と聴衆、旅人と現地の人々と、色々な意味での調和をさしています。

 オープニングは入団テストの光景からです。
 四人の若者がテストを合格しました。ピッコロのレベルさん、パーカッションのヘーガー君、ビオラのアフカム君とネーマー君です。彼らの試用期間の最後がこのアジアツァーなのです。
 ベルリンフィルへの入団はテストも合否の結果も楽団員達で行うのが伝統となっています。少しベルリンフィルを知っている方なら、入団テストであのザビーネ・マイヤー事件を思い出すのでは? カラヤンがザビーネ・マイヤーという美人クラリネット奏者を強引に入団させようとして楽団員から猛反発をくらい、マイヤーは退団、カラヤンもベルリンフィルの終身指揮者から降りてしまいました。その直後にカラヤンは亡くなりました。なぜ反発したのか? 一説には当時は女性奏者を受け入れないのがベルリンフィルの慣習だったと言われています。今では考えられませんよね。この事件に関しては、私はカラヤンを支持し、珍しくもカラヤンの慧眼に感服しています。ザビーネ・マイヤーは退団後めきめきと評価を高め、少なくとも女性クラリネット奏者としてトップに立ちました。彼女の演奏を見たいと思う人は、アバドとルーツェルン祝祭管弦楽団のDVDを探して下さい。私の記憶ではそのすべてに参加して、素晴らしい演奏を魅せています。

 このドキュメンタリーではライブが主では有りません、むしろリハーサルと告白(インタビュー)、それぞれの都市での見聞録が主になっています。

 カメラと彼ら(ラトルと楽団員)は見詰める、雑踏と安らぎの広場を、急速な進歩に戸惑う人々を、変わらぬ伝統と文化と祈りを。そして彼らは、まるで神の御前で懺悔するかの如くに告白を続けます。
「十代の頃はただの変わり者でした」
「人前でろくに話が出来ませんでした。私を救ってくれたのがオーボエです」
「芸術家になんかとてもなれない私」
 落ちこぼれだった彼らがベルリンフィルと関わる事で英雄になったのです。
 誇りと情熱と不安と恐れが彼らを苛む。そして同行した候補生、四人の若者達は希望よりも不安を抱えながら平静を装い、無邪気に戯れる。
 クラシック音楽の世界ではいわば英雄である筈の彼らが、殆どが落ちこぼれの劣等生であった事が淡々と語られて行きます。音楽が彼らを救い、外界とのコミュニケーションを果たすのです。

 演奏曲目が印象的で何かを暗示しているようでした。
○ ベートーベン 英雄
 ナポレオンの為に作曲されたと言われていますが、英雄とはベートーベン自身かこの曲を演奏する奏者なのではないでしょうか?

○ リヒャルトシュトラウス 英雄の生涯
 交響詩の代表作。英雄とはシュトラウス自身とも言われているが、この映画の中では、フィルハーモニーの楽団員(指揮のラトル、四人の候補生も含めて)達である。

○ トーマスアデス アサイラ
 ラトルが音楽監督をしていたバーミンガム交響楽団委託により作曲された現代音楽。
 アサイラとは、隔離病棟と保護地区という二重の意味だそうです。とても美しい曲で、混沌とする現代社会から隔離された、或いは保護された安らぎを感じさせます。
 ラトルは度々取り上げており、五年もすればスタンダードになりうる曲です。
 この三曲はライブよりもリハーサルとバツクグラウンドでより多く紹介されて行きます。ラトルも楽団員も候補生も旅を続ける中で次第に高揚し、理想に近づいて行きます。
 
 カラヤン、アバド、ラトル。ここ半世紀のベルリンフィルの芸術監督である。この三人の音楽へのアプローチと演奏スタイルは随分違って見えます。
 まずカラヤン、恐らく一番著名な指揮者である。ベルリンフィルを徹底的に鍛錬して世界最高峰のオーケストラに育てた。とされるが、そうだろうか? 大戦前からフルトヴェングラーの時代まで、ベルリンフィルは既に最高峰のオーケストラでした。カラヤンの時代にベルリンフィルに何が起こったのだろうか? この時代、ベルリンフィルは最高のパフオーマンスを見せてくれましたが、けっして最高のアンサンブルを聴かせては呉れませんでした。アンサンブルという意味では、当時のベルリンフィルは世界の十指に入っていたかどうか疑わしいものです。
 カラヤンの指揮は目を瞑っていますよね、集中力を高める為だと言われています。ある指揮者が「あれは完全に暗譜していることを誇示しているだけさ」と批判していましたし、当時の三人のトップソプラノが対談で、「カラヤンは目を瞑っているうちに何処を演奏しているのか分からなくなり、ただ手をクルクル回していました」。その一人がカラヤンにその事を抗議したそうです。彼女は十年間ベルリンフィルとカラヤンからお呼びがかからなかったそうです。だいたい完全な暗譜など演奏のクォリティーにどの位影響が有るのでしょうか? 写譜をするのとは違うんですよ。カラヤンの演奏スタイルはカラヤンとオーケストラをかっこよく見せる事で、良い演奏を聴かせる事ではなく、素晴らしい演奏を聴かせて上げる事でした。その為の小賢しい小細工をしています。たとえば低弦奏者の数を増やし、ほんの少しだけ先に音を先行させていたそうです。カラヤンの演奏は重厚で分厚いんです、まあ質の良い映画音楽だと思えば良いのではないでしようか?

 カラヤン批判に思わず夢中になってしまったので、後の二人は簡単に述べます。
 アバドのアプローチは宗教的です。生への感謝と神への祈りに満ちているのです。まるで空を目指しているように感じます。ベルリンフィル時代はそれほど感じなかったのですか゛、癌を克服して再起した後のルーツェルン祝祭管弦楽団との演奏で顕著になりました。マーラーの復活と七番、モーツァルトのレクイエムを聴いて下さい。私の意見に賛成していただける方が結構いると思いますよ。さて、亡アバドとルーツェルン祝祭管弦楽団の事は改めて書きたいと思っています。
 ラトルのアプローチはアバドと比べると哲学的です、アバドは空をめざし、ラトルは無をめざして宇宙と一体とならんとしているのです。

 すこし余談になりますが、今最高のパフォーマンスを見せてくれるオーケストラはベルリンフィルとルーツェルン祝祭管弦楽団だと私は思っています。二つのオーケストラはしなやかでやさしく芳醇の香りを届けて呉れるんです。特にルーツェルン祝祭管弦楽団はピアニッシモが美しいんです。至福の音楽を届けて呉れるんです。ベルリンフィルのモーツァルトとルーツェルン祝祭管弦楽団のマーラーを是非聴いて下さい。
 それにしても、アバドを失ったルーツェルン祝祭管弦楽団はどうなってしまうのでしょう。しんぱいですよね!

 ベルリンフィルのアジアの旅は台北でクライマックスを迎えます。会場の三千人と屋外スクリーン前の三万人とベルリンフィルとが一体となった素晴らしい演奏を完成させたのです。ラトルとベルリンフィルは、この時英雄になりました。
 野外の大観衆の前に出てきたラトルとベルリンフィルは熱狂的な歓迎を受けます。まるでロックの英雄を迎えるような熱烈な歓迎です。かってクラシック音楽家がこのような歓迎を受けたことがあるでしようか?!

 無を極め、宇宙と一体となった演奏を携えて、彼らはツァーの最終都市東京を訪れました。東京のライブをご覧になれた人は幸せですね、本当に羨ましいと思います。どうか、この時の演奏をDVD化して下さい、節に節にお願いいたします。

 ピッコロのレベルは去り、パーカッションのヘーガー、ビオラのアフカムとネーマーは残り、そしてラトルとベルリンフィルはアジアを去りました。去ったレベル、残ったヘーガー、アフカム、ネーマー、四人の候補生、ラトルとベルリンフィ、旅人達(異邦人)は訪れた六都市(アジア)の文化を語り続けて呉れるに違い有りません。

 クレジットで蝶の戯れる映像が夢のように被さります。クレジットからライブに戻りましたが、一羽の蝶がひらひらと舞ながら下手から上手へと飛び去ります。
 監督のトーマス・グルベは壮子の胡蝶の夢を知っていたのでしようか?
 最後に四人の候補生、ラトルとベルリンフィル、そしてトーマス・グルベとスタッフに荘子の胡蝶の夢を贈ります。

「昔々、荘周(そうしゅう、荘子の事)は夢で胡蝶となる。栩栩然(くくぜん)として胡蝶なり。自ら喩みて志に適する与(かな)。周たるを知らざるなり。俄然として覚むれば、則遽遽然(きょきょれぜん)として周なり。知らず、周の夢に胡蝶為(た)るか、胡蝶の夢に周為るか。周と胡蝶とは、則ち必ず分有り。此れを之物化(これぶっか)と謂う」
2016年11月27日 Gorou &Sakon