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大西康之
ジャーナリスト
おおにし・やすゆき/1965年生まれ。
愛知県出身。
1988年早稲田大学法学部卒業、日本経済新聞社入社。
欧州総局(ロンドン)、日本経済新聞編集委員、日経ビジネス編集委員などを経て2016年4月に独立。
著書に『稲盛和夫 最後の闘い JAL再生にかけた経営者人生』『ファースト・ペンギン 楽天・三木谷浩史の挑戦』(以上、日本経済新聞出版)、『三洋電機 井植敏の告白』『会社が消えた日 三洋電機10万人のそれから』(以上、日経BP)、『ロケット・ササキ ジョブズが憧れた伝説のエンジニア・佐々木正』(新潮社)、『起業の天才! 江副浩正 8兆円企業リクルートをつくった男』などがある。
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“余計な一言”の積み重ねが、「三木谷は嫌い」という世間の空気を作っている。
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三木谷自身もそのことに気づいているが「好感度で経営ができるわけではない」とたかを括っているのか、あるいは「いつか分かってもらえる」と甘えているのか。
楽天を立ち上げて四半世紀が経過してなお、このクセは抜けていない。
一方で「本当にまずい」と思ったときには、別の三木谷が顔を表す(本文含め敬称略)。(ジャーナリスト 大西康之)
〇「三木谷は嫌い」
2022年5月13日、楽天モバイルは国内携帯電話サービスの目玉だった「1ギガまで0円」の料金プランを7月に廃止すると発表した。
0~3ギガが980円になる。「0円」の料金プラン「Rakuten UN-LIMIT Ⅵ」を導入したのが21年4月だから、1年余りでその旗を下ろすことになる。
「え、詐欺じゃん。楽天ひかりとセットで3年契約したのに」
「楽天モバイル、解約します」
発表と同時にSNS上には怨嗟の声が渦巻いた。
「0円」をぶち上げたとき、三木谷は「コロナ禍で国民がたいへんなとき、データをほとんど使っていない人からお金を取ることはしたくない」と大見得を切った。
採算性を問うアナリストに対しては「楽天モバイルに加入した人は、楽天市場での買い物が増えることが分かっている。
モバイルで稼げなくても、帳尻は合う」と説明した。当然「あの説明は何だったんだ」という話になる。
ところが記者会見で三木谷はなおも強がった。
「980円は妥当。他社と比べてもアグレッシブ(な料金)だ」
勢い余った三木谷は言わずもがなの一言を発してしまう。
「0円のユーザーがいなくなって、熱量のあるユーザーがとどまる。
ビジネスとしての質を上げるということか」という記者の誘導質問に引っ掛かり、こう言ってしまったのだ。
「ぶっちゃけそういうこと。
まあ、お金を0円でずっと使われても困っちゃう」
これはアウトだ。
自分たちから「0円でどうぞ」をオファーしておいて、「0円でずっと使われても困っちゃう」というのは、いかにも利用者を馬鹿にした物言いである。
こういう“余計な一言”の積み重ねが、「三木谷は嫌い」という世間の空気を作っている。
三木谷自身もそのことに気づいているが「好感度で経営ができるわけではない」とたかを括っているのか、あるいは「いつか分かってもらえる」と甘えているのか。
楽天を立ち上げて四半世紀が経過してなお、このクセは抜けていない。
一方で「本当にまずい」と思ったときには、別の三木谷が顔を表す。
〇喪服姿で記者会見に臨んだ三木谷
2013年11月、プロ野球東北楽天ゴールデンイーグルスの日本一を祝う「楽天日本一セール」で、楽天市場は監督の星野仙一の背番号77にちなんで「77%引きセール」を展開した。
この中に抹茶シュークリーム(10個入り)を、「通常販売価格1万2000円を77%オフで2600円」など、不可解な値付けの商品が混ざっていた。
別のサイトで同じ商品が2625円で売られており「77%オフ」は偽装であることが判明し、ネットで袋叩きにあっていた。
いわゆる「二重価格問題」である。
複数の出店店舗で「二重価格表示」があり、「77%引き」の目玉商品を作るため楽天社員のほうから店舗に「通常販売価格の吊り上げ」を持ちかけたケースもあったことなど、楽天が事実関係を把握したのは11月11日だった。
この日は二日前に亡くなった三木谷の父、良一の告別式が神戸で開かれていた。朝から喪主として対応に追われた三木谷はその日の夜、東京に戻り、都内のホテルで記者会見を開いた。
「何もこんな日に記者会見をしなくても」と周囲は止めたが、三木谷は「こういうのは分かったその日にやらなくちゃダメなんだ」と押し切った。
「このような事態を招いて申し訳ありません。安心に商品を購入できるよう、いっそうの努力をしていきます」
ネクタイを外しただけの喪服姿で記者会見に臨んだこの日の三木谷には、えも言われぬ凄みがあり、三木谷を吊し上げてやろうと待ち構えていた記者たちは、一様に黙り込んでしまった。
〇在日韓国人という宿命を背負う孫
2022年の「0円廃止」ではそこまで追い込まれることはなかった。だが、三木谷の不用意な発言が楽天モバイルの好感度を下げたことは間違いない。
孫正義なら、この局面でどうしただろう。
「何とか0円を続けようと頑張ってきたが、このままではドコモに潰されてしまう。
舌の根も乾かぬうちに本当に申し訳ないが、どうか値上げをさせてください」
薄くなった毛髪をかきむしりながら消費者を“孫劇場”に引きずり込み「孫さんがそこまで言うならしょうがない」と思わせてしまう。
孫はピンチになるといつも、自虐ネタを交えながら、なりふり構わず大衆の支持を得る。
三木谷にはこれができない。
在日韓国人という宿命を背負う孫は根っこのところで大衆を信じていないように見える。
いくら成功しても、どこかで掌を返されるのではないかと用心しているから、常に不興を買わないように用心している。
三木谷は無防備だ。
ネットに「三木谷は嫌い」と書かれても、「いつか分かってくれる」と信じている。
高名な経済学者の息子に生まれ一橋大、興銀、ハーバードMBAと歩んできたエリートの自負もあるが、この無用心さが、三木谷に甘えた態度を取らせるのだ。
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三木谷 浩史(みきたに ひろし、1965年〈昭和40年〉3月11日 - 58歳)は、日本の実業家、慈善活動家[1]。
楽天グループの創業者であり、代表取締役会長兼社長[2]。
兵庫県神戸市出身[3]。
著名人が多くいる裕福な家系に生まれて、後に楽天を創設した[4]。
新経済連盟代表理事[5]、プロ野球・東北楽天ゴールデンイーグルス会長兼球団オーナー[6]、Jリーグ・ヴィッセル神戸会長[7]、日本プロ野球オーナー会議議長[8]、東京フィルハーモニー交響楽団理事長[9]、東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会顧問等も務める[10]。
資産[編集]
現在、旧松濤幼稚園の跡地に居宅を構えている[21]。
2008年にはフォーブス誌の日本人富豪ランキング8位にランクイン、38億ドル(約4000億円)保有していると報じられ、2009年には36億ドル(約3384億円)で7位にランクイン、2010年には47億ドル(約4288億円)で6位にランクイン、2011年には56億ドル(約4648億円)で5位にランクイン、2015年には68億ドル(約1兆400億円)で3位にランクイン(なお、楽天での役員報酬は2010年12月期現在で1億円強。内訳は基本報酬7千万円、ストックオプション900万円、賞与2700万円[22][23]
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〇バブル崩壊のトラウマ
三木谷が携帯電話ビジネスで強気でいられる背景には、後衛をがっちり守ってくれる頼もしい事業の存在がある。それが楽天のもうひとつの顔「フィンテック(ファイナンス・テクノロジー、ITを駆使した銀行や証券などネット金融取引)」だ。
2021年8月11日、楽天グループが発表した21年1~6月期の連結決算(国際会計基準)は、最終損益が654億円の赤字(前年同期は274億円の赤字)だった。
それでも三木谷は決算発表のオンライン記者会見で、携帯電話インフラをパッケージで輸出する楽天・コミュニケーションズ・プラットフォーム(RCP)の可能性について熱く語った。
三木谷曰く、5G(第5世代移動通信システム)に移行しようとしている世界の携帯電話会社が年間に実施する設備投資の総額は10兆~15兆円。
世界で初めて携帯電話ネットワークの完全仮想化に成功した楽天には「RCP」
<「Rakuten Communications Platform」とは、楽天モバイルが開発を進める4Gおよび5Gのモバイルネットワークを提供するコンテナプラットフォームです。
本プラットフォームでは、コンテナ化されたモバイルネットワーク用のアプリケーションが稼働します。
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という強力な武器がある。
15兆円の1割を取れば1兆5000億円のビジネスが転がり込んでくる。
三木谷はそう熱弁を振るった。
足元の決算では携帯電話事業の赤字が膨らんでいるのに、「RCPで1兆5000億円」などと、浮世離れした話を続ける三木谷が心配になり、オンラインで参加した筆者は「挙手」のボタンを押した。
「携帯事業を軌道に乗せるために先行投資が必要なのは分かりますが、財務の健全性も重要だと思います。いつまでも赤字を続けるわけにはいかないのではないですか。リスクとリターンのバランスをどうお考えですか」
三木谷はこう答えた。
「(楽天モバイルの)自前ネットワークの人口カバー率が96%になる22年3月から、ローミング費用(楽天のネットワークが届かない場所をカバーするためにKDDIから借りているネットワークの使用料)が大幅に減ります。
また、世界中の携帯キャリアからRCPを検討したいというコンタクトも数多くもらっています。
そのうち皆さんがあっと驚くようなパートナーとの提携がまとまるかもしれません。
来年の春を境に、大きく景色が変わるでしょう」
ここで三木谷が「あっと驚くようなパートナー」と言ったのが2022年2月に発表されたAT&Tやシスコシステムズである。
〇「健全な赤字」と「不健全な赤字」
だが、国内メディアの反応は冷たかった。
「半期ベースで4期連続の赤字」
「携帯投資負担膨らむ」
日本経済新聞をはじめとする新聞は、こぞってネガティブな見出しをつけた。
成長フェーズにある企業にとって、資金調達が可能な限り、PL(損益計算書)上の損失はたいていの場合、ポジティブなサインだ。
やりたいことがあるから金がかかる。それはその会社に「伸びしろ」があることを意味している。
最初から利益が出るビジネスなど、どこにもない。
どんな事業でも、はじめは持ち出しである。
新しい事業には、失敗のリスクがある。
「先行投資なくして成長なし」。
それが資本主義の原則だ。
そのための資金を用立て、利益が出たら利息をつけて回収するのが金融の役割である。
だが90年代のバブル崩壊以降、日本の金融機関はリスクを取らなくなった。
持たざる者には見向きもせず、持てる者にしか貸さない。
バブル崩壊やリーマン・ショックのとき、金融機関に資金を引き上げられた恐怖から、事業会社もまた「リスク恐怖症」に陥り、手元に資金を溜め込むようになった。いわゆる「内部留保」の増大である。
目の前に広大なオポチュニティーの大海原があっても、誰もそこに飛び込んでいかない。
まるで見えないシャチが怖くて氷の上に佇(たたず)み、飢えて全滅するペンギンの群れだ。
「楽天はリスクを取って健全な赤字を計上しているのだ」
三木谷はそう言いたかったのだが、日本経済が「失われた30年」を過ごしている間に、「健全な赤字」と「不健全な赤字」の見分けがつかなくなった日本のメディアに、654億円の赤字事業が「近い将来、1兆5000億円の売り上げになる」という話を「理解しろ」というのは無理なのかもしれない。
結局、この日の記者会見も三木谷の空回りに終わった。