新型コロナウイルス感染拡大の影響で、重症化のリスクが高いとされる高齢者が外出する機会が減っている。日本認知症予防学会理事長の浦上克哉鳥取大医学部教授(63)は、外出の機会減少が認知症や前段階の軽度認知障害(MCI)につながる恐れがあると警鐘を鳴らす。浦上教授に、予防のポイントや自宅でできる対策を聞いた。(注1)
【詳しくは本紙紙面をご覧ください】:不明
(注1.1) 認知症研究の第一人者で、日本認知症予防学会の理事長を務める鳥取大学医学部の浦上克哉教授がこのほど、高知市内で講演した。認知症の前段階とされる軽度認知障害(MCI)について「知的活動などの予防対策を行えば5割は認知症にならないようにできる」と語り、鳥取県で効果を上げた予防教室の取り組みなどを紹介した。タッチパネル式の「物忘れ相談プログラム」 認知症は、脳の病気によって記憶機能や認知機能が低下し、日常生活に支障が生じる状態。アルツハイマー病や脳血管障害などが原因になる。
浦上教授は「認知症予防の対策は年代ごとに異なる」と指摘。
浦上教授は「認知症予防の対策は年代ごとに異なる」と指摘。
45~65歳は、難聴▽高血圧▽肥満―が、
65歳以上は喫煙▽抑うつ▽運動不足▽社会的孤立▽糖尿病―
が発症の危険因子になるという。...
(注1.2)認知症は軽度なら本格的発症を予防する方法がある
福原麻希 医療ジャーナリスト
慶応義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科(慶應SDM)修了。新聞・雑誌・書籍などでヘルスケア、および、社会保障全般(特に、医療・介護や障がい者など社会福祉領域等)の記事を執筆。著書『がん闘病とコメディカル』(講談社)『チーム医療を成功させる10か条-現場に学ぶチームメンバーの心得-』(中山書店)、スペイン語翻訳書『きみは太陽のようにきれいだよ』(童話屋)
慶応義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科(慶應SDM)修了。新聞・雑誌・書籍などでヘルスケア、および、社会保障全般(特に、医療・介護や障がい者など社会福祉領域等)の記事を執筆。著書『がん闘病とコメディカル』(講談社)『チーム医療を成功させる10か条-現場に学ぶチームメンバーの心得-』(中山書店)、スペイン語翻訳書『きみは太陽のようにきれいだよ』(童話屋)
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1.認知症全症例の35%に予防の可能性、予備軍の早期発見が鍵
認知症にはいろいろな種類(アルツハイマー病・脳血管性認知症・レビ-小体型認知症等)があるが、昨年「認知症全症例の約35%が予防可能な要因により発症している」という試算(※1)が発表されたことは、あまり知られていない。
その予防可能なリスクは(1)若年期(高校卒業以上)の教育、(2)中年期の生活習慣病の予防と管理(難聴・高血圧・肥満)、(3)高齢期の活動的なライフスタイル(喫煙・うつ病・運動不足・社会的孤立・糖尿病)という。
前述のリスクの一つに挙げられた「難聴」は、ストレスや大きな音を聞き続けること、加齢等の要因で耳が聞こえにくい人は社会との関わりが希薄になりやすいため、認知症の発症につながりやすいとわかっている。
さらに、認知症は診断される前から、脳内で変化が起こっている。例えば、認知症の中で一番多いアルツハイマー病の場合、約25年前から脳内に2種類のたんぱく質(アミロイドベータタンパク・タウタンパク)が蓄積していく。アルツハイマー病は75歳以降に診断される人が増えるが、実は50歳代からそれは始まっている。
それから15年くらい経つと、認知症発症前の予備軍といえる「軽度認知障害」(MCI=Mild Cognitive Impairment)が始まる。MCIと診断される人に見られる代表的な出来事は、「料理や洗濯の手順がわからなくなる」「テレビのリモコンや電子レンジがうまく使えなくなる」「買い物や銀行でお金を引き出すことがうまくできない」などがある(「実行機能障害」と呼ばれる)。また、「約束を忘れる」「食事をしたことを忘れる(何を食べたかを忘れるのではない)」なども見られることがある(「エピソード記憶の低下」と呼ばれる)。
※1:Gill Livingston: transforming dementia prevention and care Rachael Davies< The Lancet,2017
MCIの状態になると、周囲だけでなく本人も「最近、おかしい」と思うことが増えている。このとき、家族や周囲は「違うでしょ」「忘れちゃったの?」と相手を責めたり怒ったりしないでほしい。本人はとても不安に思っているからだ。
そして、MCIは認知症予防に重要な時期でもある。日本認知症予防学会理事長で、鳥取大学医学部保健学科(生体制御学)の浦上克哉教授は「MCIの段階で適切な予防管理をすれば、1割の人は正常に戻り、4割の人はMCIのまま脳の認知機能を維持できます」と言う。
理由は、脳の神経は外部の刺激等によって、常に変化を起こす性質を持っているからだ。このため、MCIの段階で、認知症の予防行動を取ることで、神経細胞が再生し新たなネットワークができる可能性がある。
MCIが進行し、脳の神経細胞が死滅する部分が増え脳の海馬等が萎縮すると、本格的な認知症を発症する。
岡山県のマスカット薬局(本店・倉敷店・高梁店)では、2015年から店内にこの検査機器(※3)を利用できるコーナーを設置した。同店の薬剤師が利用者と話したとき、薬の飲み忘れや生活上の相談に乗る上でMCIや認知症が疑われる場合は、さりげなく検査機器の利用を勧める。「検査終了後は、担当者が必要に応じて医療機関や地域包括支援センターへつなぎます」と同薬局医薬品情報管理室副室長の安倉央(あくら・ひろし)さんは話す。
※2:感度96%、特異度97%
※3:物忘れ相談プログラム(日本光電工業)
※3:物忘れ相談プログラム(日本光電工業)
近年、高齢者ドライバーによる交通事故が問題視される中、鳥取県警がこの検査機器を県内3ヵ所の運転免許センターに設置したほか、全国20の都道府県の教習所でも設置が予定されている。
2.有酸素運動に認知トレーニングを加える
認知症予防に関する療法や商品はいろいろあるため、日本認知症予防学会はその効果の有無を科学的に検証し、国民に周知していくという。
今回は、そのなかでも信頼できるエビデンス(科学的根拠)が発表されている運動療法の「コグニサイズ」をお薦めしたい。
コグニサイズとは、身体運動と認知トレーニング(しりとりや計算等の課題)を同時に行うことで体と脳の機能向上を期待する取り組みのこと。コグニッション(cognition,認知)とエクササイズ(exercise,運動)を組み合わせた造語で、「コグニステップ」「コグニダンス」「コグニウォーキング」「コグニバイク」等のバリエーションがある。
例えば、コグニウォークの場合は、ウォーキング(視線は前方に、上半身を起こし、手をしっかり振る、腹筋を締めて、足はしっかり蹴り出し、かかとから足をおろす)をしながら、しりとりや計算、川柳をつくるなどをする。
また、グループの場合は、3人1組で踏み台を右左と片足ずつ踏みながら、順番にしりとりをする。ただし、しりとりは2人前と1人前の単語を言ってから、自分の番の単語を続ける。
1人目「いちご」→2人目「いちご、ごま」→3人目「いちご、ごま、まり」→1人目「ごま、まり、りす」→2人目「まり、りす、すいか」という感じだ。
運動強度は軽く息が弾む程度で。コグニサイズにはいろいろな課題や身体運動の組み合わせがあり、インターネットの動画で紹介されている。
国立長寿医療研究センター予防老年学研究部の島田裕之部長はこう言う。
「コグニサイズの目的は、課題をうまくこなせるようになることではありません。課題がうまくできるということは、脳への負担が少ないことを意味します。課題に慣れてきたら、どんどん、みなさんが体の動かし方や頭の課題を変えていってほしい。間違えることで、笑って楽しんでください」
島田部長の研究グループは、愛知県の地域コミュニティセンターでMCIと判定された高齢者308人を対象に、10ヵ月の研究プログラムに参加してもらった。参加者はランダムに「コグニサイズ群」と「健康講座受講群」の2つに分けられた。コグニサイズ群の人は週1回90分の運動と認知トレーニングの組み合わせを行った。一方、健康講座受講群の人は数回の講座を聞いた。
10ヵ月後、参加者が認知機能のスクリーニングテストとして世界で使われる検査(ミニメンタル・ステート検査、MMSE)を受けた結果、コグニサイズ群は10ヵ月前と同じような点数だったが、健康講座受講群は点数が悪くなっていた。また、記憶や言語の流暢化(動物の名前をなるべく早く言うといった課題)の検査では、コグニサイズ群は検査結果がよくなったが、健康講座受講群では点数が変わらなかった。
さらに、MRIの画像検査で脳の萎縮領域の大きさを確認した結果、コグニサイズ群は10ヵ月前と変化がほとんど見られなかったが、健康講座受講群は萎縮が進んでいた。島田部長の研究グループは2回、別の対象者で同じ研究を実施したが、同じような結果が得られたという。
身体活動の低下は、アルツハイマー病発症の強力なリスク要因である。島田部長はこう説明する。
「運動習慣を持つことはアルツハイマー病予防に有効だというメカニズムに関する研究は多く、いくつもの仮説があります。ただし、有酸素運動だけでは認知機能の向上は得られないことも報告されています。そこで、私どもは有酸素運動と脳を活性化させるトレーニングを組み合わせたところ、認知機能の向上や脳萎縮の抑制を複数の研究で実証できました」
コグニサイズがどうして認知症の発症と進行を抑制するか,詳しいメカニズムはまだ明らかになっていない。
3.認知症を予防できるまちづくり「認知症予防フレンド」養成も
日本認知症予防学会では、今年からアルツハイマー博士の生誕日となる6月14日を「認知症予防の日」と制定した。来年からは認知症予防週間として、関連イベントを組む予定という。
さらに、認知症予防の鍵は「MCIの人を早く見つけること」であるため、開業医を中心に「認知症予防専門医」「認知症予防専門士(病院・クリニック・介護施設・地域包括支援センター・企業・NPO法人等で通算3年以上の実務経験を持つ人を対象)」「認定認知症領域検査技師(認知症を専門とする検査技師)」、地域での取り組みとして「認知症予防フレンド」を養成している(※4)。
同学会の浦上克哉理事長は「認知症になっても安心して暮らせるまちづくりから、認知症を予防できるまちづくりを目指したい」と話している。
※4:詳細は認知症予防学会のホームページへ。
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