A Moveable Feast

移動祝祭日。写真とムービーのたのしみ。

The Three-Day Blow

2008年08月28日 | 越中八尾 おわら風の盆
今、八十幾才の叔母が郷里の二階建ての町家にひとりで住んでいる。町家というと、自分にとっては、この叔母の古い家のことに他ならず、間口狭く、奥に長い、いわゆる「うなぎの寝床」である。八尾の町家と同じではないだろうと思うが、その構造を書き記してみる。
表の大きなガラス戸を入ると、玄関の土間があり、ここで靴を脱いで、高い敷居を上がると、四畳半の玄関の間。障子を開けると、次が、叔母が普段暮らしている茶の間。その奥は板の間で、右手に入り口があって、奥に細長い土間が続いている。左手には二階へ上がる階段。板の間の次が、四畳半の座敷で、大家族だった頃は、ここで食事をした。さらに奥に行くと、左手は厠(ぽちゃん式)、風呂(五右衛門風呂)、右手は米櫃があって、調理場にかまどがあった。家の右手は路地だったので、ガラス窓から光が差し込み、それほど薄暗いわけではない。右手の土間を奥へ奥へと行くと、祖父母が生活していた、六畳の座敷。ここにも右手に入り口があった。その裏は、ガラス戸を挟んで、納屋で、祖父が牛を飼っていた。
二階は表から裏へ向かって、八畳の座敷(手すりから下が眺められる)、四畳半、四畳半、六畳の間と続き、物干し場、四畳半の間となっていた。二階の四室は、たくさんの、叔父、叔母、いとこたちが、自室として暮らした後、下へ下へと譲って行っては、家を出て行った。
八尾の場合は、こういう奥に長い町家だけじゃなくて、西町の石垣の上のお宅は、細長く上へ上へと伸びる構造だ。4、5階建てのように見えるが、内部がどうなっているのかいつも気にかかる。