A Moveable Feast

移動祝祭日。写真とムービーのたのしみ。

NO1.Panoram Kodak Model A (1900)

2008年08月31日 | 8×10を始めよう
東京フルスイング
今回の写真展で使ったカメラのひとつは、NO1. Panoram Kodak というカメラです。19世紀の終わり(!)に作られたパノラマ・カメラで、レンズがスイングして、110度の範囲を写し込み、都市と地形の展開図を作ってくれます。
本来は105ロールフィルムが使われていたのですが、今は作られていません。ただし120ブローニー・フィルムが代用でき、1本で4コマ撮影できます。少し幅が狭いので、時々ガイドレールからフィルムが落ち込んで、失敗することもあります。その失敗画像に変に惹き付けられたりします。
実際に見ると、オルゴールの小函のように小さく、軽量な寄せ木細工でできています。当時は10ドルカメラだったそうで、いくら20世紀初頭でも、安い大衆機だったでしょう。
ヨゼフ・スデクのNO4. パノラム・コダックが有名で、伝説的なカメラとなっていますが、これは10x30cmと大判カメラに匹敵するフィルム面積を持っています。スデクはこれで、300枚余りのコンタクトプリントを焼いて、有名な写真集「プラハ・パノラマ」を出したのでした。1:3の縦横比は無類に美しく、その横長の写真集はわたしの宝物でもあります。本邦では、わが徳川慶喜さんもこのカメラの使い手でした。
今、NO4. PKを使おうとすると、11X14のフィルムからカットフィルムを切り出して準備しなければなりません。ダークバッグでの交換も面倒です。その点、NO1. PKの方は、120ブローニーですから、明るいところで、フィルム装填ができて、非常に便利です。
固定絞り、固定焦点で、シャッター速度は、FASTとSLOWの2速だけ。ファインダーもありません。板バネで、コトンとレンズがスングします。まことに簡単な暗箱です。いいかげんな手製ファインダーを目印に、五感を研ぎすませて、写り込んで来る世界の、秩序と無秩序を推量するしかありません。
古いRRレンズですから、むろんシャープではありません。横へ横へと水平に広がる東京を小全紙の拡大プリントで展示していますので、その写りは、会場に来て確かめて下さい。

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8月30日
今夜は雨。旅支度をしながら、明日からの北陸のお天気が気にかかる。
ガイさんは、今晩の鏡町の前夜祭から詰めているらしい。
あの「風の盆」の混雑の中に8X10を持って行く根性はないので、NO1. PKを持って行くつもり。
秘密兵器「のっぽ君」も持って行こう。

「行くぞ、越中八尾」
毎年、これを言って、下の歌を景気付けに歌うことになっております。

♪ニコンとライカをバッグに詰めて
朝が来たら出かけよう
今が通り過ぎて行く前に♪

写真展「方々(ほうぼう)」のお知らせ

2008年08月30日 | 8×10を始めよう
「胸の振り子」写真展:「方々(ほうぼう)-----8x10”フィールドカメラとパノラムコダックが写した東京」

会期:平成20年9月13日(土)~15日(月・祝日) 13~19時     
   および9月19日(金)~23日(火・祝日) 13~19時
  (22日・月曜休廊日、最終日17時まで)

場所:With Zakka+ S/Y エス・イグレク内
162-0063 東京都新宿区市谷薬王寺町71-7 牛込台マンション304号
TEL & FAX 03-3260-3234
http://blog.livedoor.jp/with_zakka_plus/

アクセス:東京メトロ、大江戸線、牛込柳町駅下車、徒歩5分、マンション内のギャラリーです


地図:<iframe width="425" height="350" frameborder="0" scrolling="no" marginheight="0" marginwidth="0" src="http://www.google.co.jp/maps?hl=ja&q=%E6%9D%B1%E4%BA%AC%E9%83%BD%E6%96%B0%E5%AE%BF%E5%8C%BA%E5%B8%82%E8%B0%B7%E8%96%AC%E7%8E%8B%E5%AF%BA%E7%94%BA71-7&ie=UTF8&z=14&iwloc=addr&ll=35.705332,139.730902&output=embed&s=AARTsJq788J5GwB0hOJ4deSp8BvBYHurmA">大きな地図で見る


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1)9月14日(日)午後5時30分より、東京8x10組合連合会の本年度大会議とあわせ、ささやかなパーティーを行います。興味のある方、お気軽にご参加ください。

2)8x10の大全紙5枚、半切2枚、コンタクトプリント6枚、パノラマ小全紙10枚くらいの展示です。

3)お願い:来場される方で、さしつかえがなければ、8x10でポートレートを撮らせて下さい。

4)9月13日(土)は不在。それ以外の日は在廊する予定です。

The Three-Day Blow

2008年08月28日 | 越中八尾 おわら風の盆
今、八十幾才の叔母が郷里の二階建ての町家にひとりで住んでいる。町家というと、自分にとっては、この叔母の古い家のことに他ならず、間口狭く、奥に長い、いわゆる「うなぎの寝床」である。八尾の町家と同じではないだろうと思うが、その構造を書き記してみる。
表の大きなガラス戸を入ると、玄関の土間があり、ここで靴を脱いで、高い敷居を上がると、四畳半の玄関の間。障子を開けると、次が、叔母が普段暮らしている茶の間。その奥は板の間で、右手に入り口があって、奥に細長い土間が続いている。左手には二階へ上がる階段。板の間の次が、四畳半の座敷で、大家族だった頃は、ここで食事をした。さらに奥に行くと、左手は厠(ぽちゃん式)、風呂(五右衛門風呂)、右手は米櫃があって、調理場にかまどがあった。家の右手は路地だったので、ガラス窓から光が差し込み、それほど薄暗いわけではない。右手の土間を奥へ奥へと行くと、祖父母が生活していた、六畳の座敷。ここにも右手に入り口があった。その裏は、ガラス戸を挟んで、納屋で、祖父が牛を飼っていた。
二階は表から裏へ向かって、八畳の座敷(手すりから下が眺められる)、四畳半、四畳半、六畳の間と続き、物干し場、四畳半の間となっていた。二階の四室は、たくさんの、叔父、叔母、いとこたちが、自室として暮らした後、下へ下へと譲って行っては、家を出て行った。
八尾の場合は、こういう奥に長い町家だけじゃなくて、西町の石垣の上のお宅は、細長く上へ上へと伸びる構造だ。4、5階建てのように見えるが、内部がどうなっているのかいつも気にかかる。

長囃子の魅力

2008年08月27日 | 越中八尾 おわら風の盆
鍛錬された本唄の自由自在な調子を聴くのがおわらの醍醐味かもしれないが、それにさし挟まる囃子の軽快で飄々とした言い回しを聴くのも大きな魅力となっている。
こうして並べてみると、おわらの歌詞は求愛している男女の唄が多いし、なんだかせつなげだ。彼(彼女)は何を忍んでいるのだろうか。

<前囃子>
キタサノサードッコイサノサー
唄われよわしゃ囃す~(なんと、ていねいで、礼儀正しい御仁であることよ)

<長囃子>
三味線が出を弾きゃ太鼓がドンとでる
手拍子揃えてオワラにしょまかいね~(はじまり、すべり出し)

雪の立山ほのぼの夜明けだ
里は黄金の稲穂の波立つ~(美しい土地ほめ、土地の霊力を浴びて)

越中で立山加賀では白山
駿河の富士山三国一だよ

見送りましょかよ峠の茶屋まで
人目がなければあなたの部屋まで~(恋心、求愛)

おわらのご先生ちゃあんたのことかいね
その声聞かせてあたしをどうする

来たよで来ぬよで面影さすようで
出てみりゃ風だよ笹の葉にだまされた

二百十日に夜風をひいたやら
毎晩おわらの夢みてならない

ひとりでさす時や野暮だが番傘
ふたりでさす時や蛇の目の唐傘

三千世界の松の木ア枯れても
あんたと沿わなきゃ娑婆へ出たかいがない

<後囃子>
しょまいかいねしょまいかいね
一服しょまいかいね 一服してから
それからまたやろまいかいね

浮いたか瓢箪軽そうに流れる
行き先や知らねどあの身になりたや

アショット!!


「女踊り」のお勉強

2008年08月26日 | 越中八尾 おわら風の盆
日本舞踊については、全く何も知らない。門外漢である。そういう者が何か云うなどとは畏れ多い、笑止千万だ。お叱りはもっともである。でもちょっと感想を云うぐらいなら・・・・、ということで。

女踊りは、夏の蛍取りに興じる女性の姿を模した踊りと云われている。それぞれの所作を説明されてみると、なるほどと思うところと、結びつかないところとがある。
( )内はわたくしめの解釈。冗談ですが。
「蛍取りに行こうよ」と呼びかける(前へ前へと行きましょう)、手鏡をかざして化粧を直し、櫛で髪をといて、月を眺める、上で下で蛍を追う手の所作、扇をあおぎ、袖を振る(前ぞり、後ろぞり、身を捩る)、舞い乱れる蛍(ハレホレハラハラ)、ほらそこに蛍がいるよと指差す手(お座敷の芸妓さん)、クルッと見返り美人、袖の褄を合わせる(イヤヨイヤヨも好きの内)、直りの手(ご破算で願いましては)、結びの手。

日本舞踊というのは、こういうふうに、いちいち所作に意味を与えるものなのだろうか。それについては、他の踊りを知らないので、何とも云えない。しかしそういう意味を離れてみても、人間の所作、仕草、姿勢として、それ自体十分美しいと思うのだ。


天保十四年調八尾絵図

2008年08月25日 | 越中八尾 おわら風の盆
今日は「続八尾町史」(昭和48年)が、東京本郷の古書店から届く。
その付録に上の古地図が付いていた。門名寺から上へ、鏡町で一度ジャンクションを作りながら、二本の平行した通りが尾根筋を上がって行く構造は、今と同じだ。眼鏡橋、禅寺橋はあるが、十三石橋はまだない。おたや階段下の鏡町がまだ開かれていない。
通りの両側を流れるエンナカは、雪流しの用水と説明されている文章ばかり目にしていたが、「八尾町史」を見ると、防火用水として設置されたものと説明されている。
八尾を舞台に「恋愛小説」か「伝奇的ミステリー(横溝正史風)」が書けそうなり。

八尾町史

2008年08月24日 | 越中八尾 おわら風の盆
「八尾町史」(昭和42年)が富山の古書店から届いた。パラパラと拾い読みをしてみる。
八尾の人はしあわせだ。この町史をまとめたのは、富山大学の歴史学の先生なのだが、東町の生まれの人だ。
地方史は必ずしも地元出身者によって書かれるわけではない。
まえがきに、こういう公的な刊行物にはめずらしい、ちょっと個人的な感慨の混じった文章を寄せている。

八尾に行って「風の盆」を初めて目にした時、「どうしてこういう小さな町に、こんなに洗練された行事が育ったのか」とまず思った。
だんだん分かって来たことは、八尾が文化文政期を頂点に、富山で随一の経済的繁栄を享受した町人文化の町だったということだ。民謡というと農村的な出自を連想するが、そうではなくて、町人文化こそが、上方や江戸の文化を移入し、芸を磨き、それを蓄積するのだ。
今の八尾からは、想像が付きにくいのだが、当時、「富山藩領内の金の六分は八尾にある」といわれた豊かな町だったのである。日本国内で最も町家が残っているのが大和の今井町である、その今井町が、やはり中世に勃興した浄土真宗の典型的な寺内町で、「大和の金は今井に六分」といわれた。ちょうどそれに似ている。
井田川の右岸の、飛騨山脈の尾根筋に発達した八尾の地形が独特だ。井田川左岸から見渡すと、西町の長い石垣の上に縦に伸びる町家とあいまって巨大な軍艦のようにも見える。普通に考えると、この地形は、どの時代でも商業地区にふさわしいとは思えない。閉じられていて、親密な、独立国のような宗教圏にこそふさわしい。だから浄土真宗の聞名寺がまず開かれ、その門前町が八尾の起源となったというのは分かりやすい。
もともと浄土真宗は門徒の組織化に熱心で、商人を篤く保護する宗派である。しかも八尾は飛騨との交通の要所にあたり、古くは塩、魚、江戸期には蚕種、和紙の交易が盛んに行われるようになった。井田川のたびたびの氾濫で田畑を失った農民が、町建ての際に土地を捨てて商売に転じるということもあった。こういう条件と経緯が重なって、八尾に富の蓄積を生んだのである。


サムライ日本

2008年08月23日 | その日その日
「北京オリンピック」より「風の盆」
ずいぶん前から、大相撲や野球に興味がなくなっていたが、今夏はオリンピックにも興味がないのに気が付いた。

坪内祐三の新刊の「東京」(太田出版)を読むと、1980年代がもう記載されるべき昔のことになっていて驚く。坪内祐三より、四方田犬彦が好みだが、北島敬三のモノクロ写真が多数あり、つい買ってしまった。巻末の対談はつまらない。

写真展「方々(ほうぼう)」のお知らせ

2008年08月22日 | 8×10を始めよう
「胸の振り子」写真展:「方々(ほうぼう)-----8x10”フィールドカメラとパノラムコダックが写した東京」

会期:平成20年9月13日(土)~15日(月・祝日) 13~19時     
   および9月19日(金)~23日(火・祝日) 13~19時
  (22日・月曜休廊日、最終日17時まで)

場所:With Zakka+ S/Y エス・イグレク内
162-0063 東京都新宿区市谷薬王寺町71-7 牛込台マンション304号
TEL & FAX 03-3260-3234
http://blog.livedoor.jp/with_zakka_plus/

アクセス:東京メトロ、大江戸線、牛込柳町駅下車、徒歩5分、マンション内のギャラリーです


地図:
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1)9月14日(日)午後5時30分より、東京8x10組合連合会の本年度大会議とあわせ、ささやかなパーティーを行います。興味のある方、お気軽にご参加ください。

2)8x10の大全紙5枚、半切2枚、コンタクトプリント?枚、パノラマ小全紙10枚くらいの展示です。

3)お願い:来場される方で、さしつかえがなければ、8x10でポートレートを撮らせて下さい。

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元麻布のTさんの事務所へ、8X10とパノラマのプリントを取りに伺う。現像ムラや乾燥ムラのために、差し替えて、再プリントするものが1枚出た。普段からプリントしていないと、フィルム現像の不具合にも気付きにくく、結果をフィードバックできない。今回、フィルム現像の仕上げに関しては、反省すべき点が多々あり。問題点を洗い出して、今後の現像に工夫を加えるつもり。

あの夜明け/諏訪町

2008年08月21日 | 越中八尾 おわら風の盆
8月20日
今日から越中八尾の「おわら風の盆」の前夜祭が、天満町から始まった。
本番まで十一日間に及ぶ前夜祭だ。
夜8時を回って、もう時刻的には天満宮でおわらの音が響き始めているはずで、それを想像してみる。
富山の天気予報を見ると雨とのことであるが、どうなのだろう。
CDのおわらを聴きながら、クリスマス前の子供のように情緒不安定になるのを感じる今宵である。

「八尾町史」を古書ネットで検索しオーダーした。富山の古書店に在庫していた。昭和42年刊。続編が48年に出ている。
市史や町史は、無味乾燥なものと思いきや、読んでみると、なかなかおもしろい。先日、自分の田舎の町史をパラパラと調べていて、興味深かい記事にいろいろ出くわした。
大きな市や県になるといけない。もう手に負えなくなる。1、2冊でおさまるような、小さな町の町史であるほどいい。
こういう地方史は古書の需要が常にあるらしく、市場に潤沢にあって、どこかで見つかるもののようだ。