(長崎市西坂公園の殉教者26聖人のレリーフ)
1597年2月5日(慶長元年)、26人のクリスチャン(外国人神父6人、日本人信徒20人)が、
豊臣秀吉の命令によって十字架の刑を受け殉教。
見せしめのためだったが、26聖人の殉教を間のあたりにした後、多くの人達が、
「自分も磔の刑を受けたい」と申し出たというありえないことが起こりました。
(2/6に行われた原爆資料館ホールでの殉教記念聖会)
2/6,7に長崎へ。
6日の西坂公園での集会は、終わる頃、ちらっとあめが降り出しただけで無事終了!
しかしその後は、雨が本降りに。