百歳に向かってもう一度世界一周

百歳に向かってもう一度「歩いて世界一周」に挑戦したい。日中友好董存瑞育英基金を充実したい。富士登拝・・・

老燃教室

2009-07-28 18:10:22 | Weblog

 7月28日  (火) 
               平成17年1月1日より 1,670日目
                  歩いた歩数        その距離
              本日          16,552歩     11,586m   
             総計   23,551,012歩  16,485,708m
  パキスタンのイスラマバードを経てアフガニスタンのカンダハルに向かう。後 182,492m

                             
                                           N先生の講義

 第4火曜日は老燃教室の日。公民館に入ると「老人大学」の一班の班長だったNさんが私の肩を叩いて照れ笑いをした。私は老燃教室で来たことを告げた。

 初めの講義は「市人権推進員」となって居たが、紹介された講師はNさんだった。ハッと閃いた。Nさんは私が老燃教室の生徒だと気付いて照れ笑いをし、私の肩を叩いたのだ、と。

 講義は30分間と決まっているのに、自己紹介から始めた。皆さんが元気で老いて益々学習意欲を燃やして大勢集まって来ることで皆さんから「元気」を貰った。私は健康診断で「不整脈」と言われ、それを苦にして落ち込んでいる。皆さんに倣って元気を取り戻したいと丁寧な挨拶に、これは大変なことになるぞ、と思った。

 N講師は分厚い資料を配り、飯山と小説「破戒」に関わる4名の名まで張り出した。これでは2時間はたっぷり掛かるだろうと予測したが、島崎藤村の「千曲川のスケッチ」の音読から入った。これが終わった時点ではや15分が経過してしまった。それから「破戒」のモデル「大江磯吉」の人物紹介を始めた所で時間切れ。本論の「民に対する差別の間違い」の入り口にさえ行き着かぬまま講義は中止となってしまった。

 堪り兼ねた生徒が「次は音楽ですから、食い込んでも良いと思います。続きをどうぞ!」と促した。講師は「後で資料を見て頂ければ判るので関係の4氏の生涯と功績については省略させて頂きますが・・・」と述べ、明治時代の人権差別の甚だしかったこと・それに反発して啓蒙された4氏の偉業を話され面目を施した。

 音楽では「海」「我は海の子」「肩たたき」「シャボン玉」などの童謡に「かえるの合唱」。そのあと日赤の理学療法師の先生から「肩コリ対応のリハビリ体操を教わった。楽しく役に立つ老燃教室となった。

 


ピアノ調律

2009-07-28 08:03:54 | Weblog

  7月27日  (月) たり
            平成17年1月1日より 1,669日目
                    歩いた歩数        その距離
            本日       15,319歩     10,723m
            総計   23,534,460歩  16,474,122m
  パキスタンのイスラマバードを経てアフガニスタンのカンダハルに向かう。後 194,078m

              

  春、3階の応接間に空を飛んで運ばれたピアノも音程が狂っているとして弾かれないままになって居たが、今日、専門の調律師Hさんが調律にやって来てくれた。

 いままでは、長野で修業され調律師として活躍されて居たSさんが醸造業の跡を継がれて近くに居られたので、調子が悪いと気軽にお願いしていただが、お亡くなりになってしまい、困って居たところ、ママがHさんに出会いお願いしたのだという。

 私は孫の貴ちゃんが嫁に行ってしまったので、ピアノは応接間の飾り物とばかり思っていたが、ママはパパにピアノの勉強を勧めたようだ。

 ピアノが分解されたのを見るのは初めてで、腱の先に線があってその線を叩いて音を出す仕組みになっている、その線が短いので安いのだ、グランドピアノは長いので佳い音が出るんだ、その位の知識しかなかったのだが、単なる仕切り板だとばかり思っていた所に、配線が整然と並んでいるのを見て、驚いた。

 グランドピアノの蓋をあけると並んでいる線が、同じ形で縦になって仕組まれているではないか。狭い場所でピアノが弾けるよう「横を縦に」のアイディアの素晴らしさに敬服した。

 ピアノの調律が済んだ所で、パパのピアノ修行を期待したい。パパは歌が好きで、どんな歌も知って居て伴奏を聞いただけで歌詞が口をついて出て来る。日頃、「天晴れ!」だと思っている。それが今度はピアノから流れて来る、思っただけでも家中が明るくなる。ピアノが飾り物で無くなる日がやがてやって来ることを信じて待っていよう。