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・バルセロナは古い、
有史以前からの町、
ということであるが、
高台から見ると、なるほど、
人間が住みつきたくなるようなところである。
この町は日本の奈良や京都より古いのだ。
まして開港百年の神戸など、
足元へも寄れない。
ここから町を見ると、
ひとところ、針の山といった、
先の尖った建物のブロックがあって、
そこがいわゆるゴシック街区で、
観光客の必ず行くところである。
バルセロナは、
旧市街と新市街がくっきりしていて、
ゴシック建築は、旧市街にかたまってある。
夕方に、ゴシック街区を訪れたら、
まるで中世に迷いこんだよう。
バルセロナ大寺院(カテドラル)を中心に、
教会や王宮がぎっしりかたまっていて、
急速に現代の匂いは消えてしまう。
「王の広場」の石段に若者たちが腰かけていて、
これらはヒッピーや観光客らしい。
ゴシック建築の威圧感というのは、
たいへんなもので、日本では想像しにくい。
どんなに大きな、
たとえが奈良の東大寺の「大仏さん」の入れものでも、
五重の塔でも、姫路城でも、
威圧感を与えられることはない。
東西本願寺、岡山の金光教会、天理の本部でも、
木造建築としては大きいが、
みなどことなくはかなげで、
木のテント、という感じである。
都心のビルの谷間を歩いていても、
うっとうしさはあるが、威圧感はない。
我々は近代ビルが、
いかにもろいものであるかを知っているので。
ちょっとした地震でかたむき、
ガラスやタイルが粉々に崩れてしまうから。
私はマンションの六階に住んでいるが、
こんな、宙に浮いた空間で暮らしているのは、
「諸行無常」の諦観なくてはかなわぬことである。
究極のところ、
宙で暮らして安心立命できるはずがない。
いまできの、何ヶ月かでできた建物など、
信じていられない。
背が高ければ威圧感を覚える、
というものではないのだ。
木のテントや張りボテの高層建築の国から来ると、
中世の石造りの建物、その石の厚みのすごさ、
そうして天を刺す尖塔群の目もくらむ高さ、
頭上を圧して支えられる石のアーチをくぐる時の畏怖感は、
はかりしれぬものである。
教会と王の権力の前に、
人間は卑小にちぢこまり、
恐れつつしんでいたのだろうなあ、
そういうのに関係なくなった今も、
充分、想像できようというもの、
あたり一帯は、普通の家も中世風で、
カテドラルの横丁へ入っていくと、
古びた石造りの家が細い路地の両側に並び、
突然、小さい石畳の広場にゆきあたった。
たそがれがきて、
広場の街灯に灯がつき、
勤め人らしい男たちが広場を横切って帰ってゆく。
広場の四方は、石造りの三階建ての家である。
てっぺんの部屋に灯りがついたりして、
中世の小説の中の世界みたい、
広場のまん中には木が二本、
小さい噴水があり、
端の家の壁に「プラザ・デル・サンフォリペネル」
という標識がうちつけてあった。
ヴェニスの街にも似ている、
路地の雰囲気。
ここにはピカソ美術館や、
このあたりのカタルニヤ地方の中世美術を集めた、
カタルニヤ美術館があるのだが、
もう閉館してだめだった。
しかし、ゴシック街区のあたりを歩くだけでも、
値打ちのあるところである。
小さい石畳みの広場からは放射状に路地が続いて、
その路地の曲がり角にマリア像が、
祀ってあったりする。
色ランプがつき、造花が飾ってあって、
湿った石畳の路地は、冷えて寒い。
その路地を挟む家は、
もう閉めた商店もあるけれど、
たとえば、アイアンレースの門があって、
その向こうに灯が小さくついている。
しんとして音もせず、
この町はモザイクタイルがあちこち貼ってあるのが多い。
そういう家の二階に灯がつき、
窓から見ろしてる人がいて、
ひそやかに猫が横切っていったりする。
ヴェニスの中世的な裏路地は、
洗濯物がひるがえり、
子供たちがどこにでも遊んでいて、
イキイキしていたが、
バルセロナの旧市街、ゴシック街区の裏通りは、
石のカビと共によどんで、
それは見る人間が勝手に、
「歳月のなまめかしさ」を、
たのしむところである。
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(次回へ)