「姥ざかり」

田辺聖子著
昭和56年新潮社刊より

1、姥ざかり ③

2025年01月26日 08時58分07秒 | 「姥ざかり」田辺聖子作










・この前、
孫のようなおまわりさんが来た

老人の一人暮らしというと、
特別に訪ねる回数が多い

いざという時の連絡先を、
書き取ったりする  

「おばあちゃん、
ええ息子さん居ってやのに、
なんで一緒に住まへんねん
三人も頼りになる、
息子さん居るやないか」

とおまわりは不思議そうにいう

私はそれよりも、
おまわりのなれなれしい、
「おばあちゃん」にカッとした

<おばあちゃんとは
誰のことかと
おばあちゃんいい>

引退したといっても、
女実業家のはしくれ、
十ぱひとからげにおばあちゃんとは、
何だ!

なんで「奥さん」といえんのか、
この頃の警官教育はなってない

私ゃこのヒヨコおまわりを、
孫に持ったおぼえはないのだ

「なんで一緒に住まな、
あかんのですか?
子供は子供、
私は私ですよ
それぞれの生活いうもんが、
あります」

といったのを、
ヒヨコおまわりはどう誤解したのか、

「ま、事情はあろうけど、
立派な生活しとるらしい息子さんが、
おばあちゃん一人ほっとくいうのは、
いかんですなあ
何やったら地区の顔役の人に、
仲へ入ってもろて、
一緒に住めるように、
話し合うてもらいましょうか?
淋しいでしょう」

などといい、
私が子供と同居したいのに、
子供が拒んでいるように、
思い込んでいる

何でこう世の中、
というものはスカタンと早とちり、
偏見と誤謬に満ちているもんやら

「一人で炊事洗濯などをやってると、
心細いでしょう?
ゴハンちゃんと食べてますか?」

と知ったかぶりでいい、
何を、この安ポリ、
私ゃ晩飯はウニやカニ、
平目の刺身などで、
五勺ほどの晩酌を傾け、
時にワインを抜いたして、
テレビに興じ、
機嫌よくご馳走を食べているのだ

インスタント味噌汁などを、
貧しくかっこむ息子どもと、
一緒に暮らしたら栄養不足に、
なってしまうわ

かねてこんなこともあろうかと、
私は老後のため確実な株を、
買い貯めたり、
定期にしたりし、
着るものもしっかり揃えてあるのだ

毛皮、宝石、
それらも足らぬものはなく、
売り食いしても、
余生はやっていけそう

この間、
ひまに任せて着物を数えてみたら、
柔か物だけでも百三十八枚あった、
大島や結城なんかは、
いくら高くてもヨソ行きにならないから、
これらを入れるとかなりの数になる

箪笥二棹と整理箪笥にぎっしり、
まず物持ちの方であろう

貪欲な嫁らと共に暮らしたら、
どんなことになるか知れはしない

洋服だって、
体型はかわるし、
流行もかわるから、
毎年作らなければいけない、
この前長男の嫁は、

「子供の学資に追われて、
ここ何年か、
服なんか作ったことありません」

と恨めしそうにいっていたが、
どうせ作っても、
着てゆくところは、
PTAぐらいのもの、
作るだけ無駄、
うぬらはセーターにスカート、
ぼろかくしのレインコートでも、
着ていたらいいのだ

そこへくると私なんかは、
そうはいかない

一人暮らしの哀れな老人、
という世間の偏見に対抗するためにも、
最新流行の洋服を身にまとい、
きちんとしていなくてはいけない

真珠やダイヤの指輪を、
無造作に指にはめていなくては、
安っぽく見られてしまう

私のマンションには、
金目の家具があり、
玄関にはヨーロッパ旅行の時の、
ヴェニスでの私の写真が、
掲げてあるなど、
いかにも富裕、
かつ優雅な暮らしの匂いが、
ただよっているはず、
一見してそれらは、
わかる人にはわかるであろうのに、
安ポリときたら、
一人暮らしの老女というだけで、
ただもう、見当はずれな同情と、
みせかけのヒューマニズムで、
「淋しいでしょう」
などというのだ

あんぽんたん!

お花仲間の竹下夫人も、
油絵仲間もそうである

英会話仲間はちょっとましであるが、
竹下夫人に至っては、

「お孫さんと離れていらしたら、
お淋しくありません?」

ばかりを連発する

私は孫は六、七人もいるが、
小さい頃はともかく、
中高校生ともなると、
可愛げがない

正月のお年玉だけが目当てで、
何かしてやろうと思っても、

「塾があるから」

「おけいこに行くから」

とすげなく、
それにこの頃の子って、
会話というものの訓練がまるきり、
出来ていない

「どこの大学を受けるの?え?」

「うう・・・まだ」

「まだ決まってないの、
どっちへ進みたいの?
どんな仕事をしたいの?」

「むむ・・・わからん」

「あんたもお兄ちゃんみたいに、
ラジオ聞きながら勉強してるのかねえ
気が散っていかんやろ、
それで志望校も決まらへんのとちがう?

おや、ひどいニキビ
ママのお料理はヘタやから、
栄養過多になるはず、
ないんやけどねえ
買い食いがすぎるのかしらねえ・・・

この間新聞にのってたけど、
非行少年少女の不純異性交遊で、
たくさん警察にあげられてたやないの、
間違うてもそういうことは、
しなさんなよ

でもまあ、あんたは、
石ころぶつけたような顔で、
そう女の子にもてる男やないから、
心配ないと思うけど

パパに似てるとナンだけど、
ママに似ていてよかった、
不良少女の誘惑を受ける顔じゃ、
ありませんからね」

高校生の孫は返事もしない

これが女の子の中学生の孫も、
同様で、私が、

「ほらほら、
年よりや大人が、
重い荷物を持っていたら、
すぐ手を出して自分で持つ・・・
気を利かせなさい、気を!」

というと、
びっくりして飛び上がるのである

「ママは何を考えているのかねえ、
女の子の教育なってない・・・
女の子は気が利かないといけない」

女の子は二度飛び上がり、
そのさまがいかにも愚鈍である

いいかげん愚鈍な生まれつきなのに、
躾けも教育もせず過保護に、
育てられているから、
いよいよ愚鈍に、
トロくさく、
にぶく、
気の利かない、
昼あんどんみたいな、
女の子が出来上がってしまう






           


(次回へ)

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