「姥ざかり」

田辺聖子著
昭和56年新潮社刊より

1、姥ざかり ④

2025年01月27日 09時13分20秒 | 「姥ざかり」田辺聖子作










・私の若いころは、
きびしく育てられた

母親の叱言は雨あられと降り、
ボヤボヤしていると、
親父の煙管さえ飛んできた

「女の子は気を利かせて!
名を呼ばれたら、
返事より先に腰をあげる!」

とスパルタ教育をされた

しかしこの頃の女の子ときたら、
まあ、腰の重いこと、
返事はすれど姿は見えず、
横着にも声だけ張って返事する

すべて母親、
つまり嫁の世代がわるい

なんでああも子供を、
大事にするのかねえ

尻が重いわりに口が軽く、
へりくつ百万ダラ、
いやだいやだ、
あんな孫とは共に住めない

淋しいどころかいな

こっちが願い下げだ

なんでこうも、
この頃の若い者は、
こうも可愛げがなくなったのかしら、
孫たちはかげで、

(シブチン婆)

と呼んでいるらしいけど、
私よりは嫁の実家のおばあちゃんの方に、
親身な身内感覚を持っているらしい

そんな奴らに、
お年玉だって弾めるもんか

全く、
この頃の若い者って、
波長が合わない

竹下夫人のところへ、
縁談のことで電話したら、

「先方さんのお嬢さんも、
おつき合いしてみたいので、
お願いします、
ということでした」

との吉報であった

やれやれ、
橋渡し役の私は肩の荷が下りた

「それならあとは、
ご本人同士で話し合って頂いたら、
ええでしょう」

と私がいったら、

「いいえ、何ですか、
本人同士というのは遠慮があって、
双方の意見を調整できにくいそうなので、
やっぱりここは間に人を立てて・・・」

「そんなことをしていると、
よけいややこしくなりますわ
あとは本人に恋愛してもろたら、
ええやありませんか」

「でもそれでは、
放縦になってもいけませんし、
それぞれ親御さんもご家庭も、
うしろにあることですから」

何さまのご大身と思っているのだ、
たかがサラリーマンの息子と娘で、
恋愛もでけへんのかいな、

「でも、今どき珍しい、
おくゆかしい方々やありませんか、
親御さんのご意見を聞いて、
それで態度を決めたい、
とおっしゃるのですわ

まあ私、感激いたしました
今日びこんな親孝行な方が、
いらっしゃるんですのよ」

と竹下夫人はいうが、
私は感激できない

頼りない若者だ、
自分で決められないのか、
それにどっちみち、
先々では嫁さんの尻に敷かれ、
親を抛るようになるのだ

そういったら竹下夫人は、
誤解したのか、

「まあ、ご苦労はようくわかります
奥さんの・・・
でもいずれはきっと息子さんも、
目がさめて親御さんのことを、
思い出されるときが来ますよ
それまでの辛抱ですわ」

と涙ぐんだ声になった

男は嫁さんの尻に敷かれる、
といったのが、
私の息子たちへの概嘆と取られたのか、
なんてまあ、早とちり

私は息子たちに、
目をさましてほしくない

別に私のことを、
思い出してくれなくともよい

私は私の持ってる財産を、
目の黒いうちは息子らに、
分ける気はなく、
じっと持ってるつもりだから、
思い出してもらっては困るのだ

「奥さん、
前々からおすすめしていますけど、
天地生成会へいっぺん、
おまいりなさいませ
現神さまを拝みますと、
心が晴れ晴れして、
そういう悩みごともなくなりますのよ」

と竹下夫人はすすめ、

「奥さんぐらいのお年の方多いです
お連れもできますわ」

「気の毒に、
ええ年してまだ神信心せな、
救われへんのやったら、
それまで何をして過ごしたんでしょ、
ちゃんとした人間なら、
これぐらいの年になったら、
それなりに性根も固まってるはずです」

宗教を信じてる人には、
水準よりかなりキツイことを、
いってやるのがコツである
そうでないとこたえない

私は、
自分自身が教祖のようなもの、
と思っているから、
あほらしくて何を信じる気も起らない

亡夫の十七回忌だって、
お寺さんにいわれなければ、
忘れていた

「うるさいわねえ、
面倒やねえ、
どうでも法事はせな、
いかんもんかしら、ねえ」

と息子たちにいって、

「おばあちゃん、
何をいうてんねん
自分の連れ合いやないかいな」

と長男にたしなめられた

「しかし、
私ゃほとけさんなんか、
信じてへんのや
来世も信じてへん
地獄極楽なんか、
あるとは思えてえへん」

「そら僕も信じてへんけど、
この際そんなこと、
いうてられへんのとちゃうか」

と長男はあやふやな表情である

「信じてへんのに、
何もすることないやろ、
どうせあんたらとこも、
喜んで来るもん一人も居らへん、
義務でくるのや
誰も喜ぶもん居らへんの、
わかってるのに強行する、
いうのは理に合わんこっちゃ

喜ぶの坊さんだけや
金つつんで拝んでもろといたら、
それでええやろ」

「ま、しかし、
そないいうたら、
ミもフタもないわなあ」

長男は嘆息し、
次男は苦り切って、

「おばあちゃん、
世間の年よりはみな、
法事楽しみにやりはんねんで
ちとそういう、
しおらしい気持ち、
持てまへんか」

といった

息子らは、
あとで三人寄り集まり、

「どや、お袋、
ごついこと、いうで」

息子の嫁たちは、
これまた三人集まって、

「やっぱり何ですわね、
一人でおいとくと、
気性も烈しいなりますわね
角がますますキツクなるみたい
どこかのおうちと、
同居しはった方がええのん違います」

「でも同居したぐらいで、
あのキツイのがおさまるかしら
ますますキツクなるのと、
ちがいますか」

などといっていた






          


(次回へ)

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