・身寄りもない若い女がふと懐妊してしまった。
男はあてにならぬ、はかない仲。
誰に頼ろうというすべもない。
さあ、こういうとき、孤独な若い女はどうしたらいいのか・・・
老女の言葉に、若い宮仕えの女房たちは顔を見合わせる。
まさか自分はそんな不実な男と契りは結ばない、と思う者、
自分には父母、親類がいるから・・・と思う者、
朋輩や仕えるご主人さまに泣きついて・・・と思う者、
さまざまのようであった。
そう思いつつ、若い女のこととて、
おのが身に引きくらべて共感せずにはいられないらしく、
「その人、どうしましたの?」
と話の続きをせがむのであった。
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・今は昔、さるお邸に若い女がいた。
父母もなければ親類縁者もなく、邸の外には友人知己もいない。
与えられた邸の一間に起き伏しして、
女童一人使い、宮仕えしていた。
この女の心配は、
(元気なうちはいいけれど、もし病気になったらどうしよう)
ということだった。
病人は邸内にいることは出来ないので、
里へ退出しなければいけないが、この広い京に、
身を寄せる知るべとてないのだった。
そういう女が、ふと知り合った男に、
はかない望みをつないだのも無理はないといわねばならぬ。
しかし男は、女にとって定まった夫となってくれず、
そのうち女は懐妊に気付いたが、男はあてにならない。
女は嘆いたが、誰に打ち明けて相談することもできない。
あるじに言い出すのも恥ずかしかった。
朋輩に知れると何とうわさされるであろう。
それにも増してどこで出産しよう・・・
途方にくれたが、切羽詰まると性根がすわるものとみえ、
女はついに決心した。
(ままよ、産気づいたときは山の中へ入って、
どんな木蔭、石の蔭でもいい、そこで産もう。
もしそのままお産で死んだら、それはそれで仕方ない。
人に知られずすんでしまうし、また無事にお産がすめば、
何もなかった顔で、邸へ戻ればいいんだわ)
そう思ったけれど、
産み月まで普通にふるまっているのは苦しかった。
誰も知らぬこととはいいながら、
いたわってくれる者もなく、なぐさめてくれる者もない。
女は悲しかったが気丈にこらえて、
ただ一人、召し使う女童にだけは事情を打ち明けた。
ひそかに出産に要るもの、
何より食べ物など用意しておかねばならぬ。
女は女童と二人して、日保ちのするもの、
焼米、乾飯、わらび、若布、干物魚など、
少しずつ貯めておいたのである。
山奥で出産することを思えば、
何日かの命をつなぐ食料は、当然要るものだった。
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・そうこうするうち、月満ちて、明け方その気配がきざした。
女は夜の明けきらぬうち、女童に用意した物を持たせ、
急いで邸を出た。
東の方が山に近いだろうと、東へ歩き、
三条の橋のところで夜が明けた。
鴨川を渡れば東国へ行く街道になる。
どこへさして行けばいいのだろうと心細いこと限りなかった。
ともかく山の中へ入ろうと粟田山めざして、
苦しさをこらえこらえて、歩いた。
道は登りにかかり、また谷へ下り、
次第に山ふところ深く分け入る。
どこか身を休め、出産する場所を探していると、
山かげに荒れた山荘があるのが目に入った。
朽ち壊れて人も住まぬらしい様子、
女は丁度幸いとそこに足をとめる気になった。
(よかった、あばら家にしろ、野宿しないで済む、
ここで人知れず身二つになって、京へ戻ろう)
女は自分の身すぎ、
自分の人生のことばかり考えていたので、
産まれる赤ん坊のことはあたまになかった。
この先生きてゆくのに邪魔な赤子は、
ここに打ち捨ててゆくつもりでいた。
離れのような一棟があった。
朽ち残った板敷の片隅に女は上がり込み、
坐り込んで休んでいると、奥から人の来る気配。
「おや、こんなあばら家にも、人が住んでいたんですね。
どうしましょう、ことわりもなく上がり込んで、
叱られるかもしれない」
女童は泣き出しそうな顔でいう。
この少女も疲れ切って動けないのであった。
遣戸を引きあけて現れたのは白髪の老婆だった。
どんなにつれなく追い払われるかと思いのほか、
老婆はにこにこ顔で、
「こんな山奥へようおいでたこと。どなたじゃな。
道に迷われましたか、お疲れのご様子じゃが、
どうなされました?」
とやさしく問うてくるではないか。
女は追い詰められた心地になっていた時とて、
そのやさしい言葉に、思わず張りつめていた気もゆるみ、
ありのまま、泣く泣く事情を話した。
(次回へ)