・よりましはふっくらした頬の少女であった。
しばらく眠っていたようだったが、
ふと眼をみひらくと、その眼に異様な生気がみなぎっていて、
どこか怪しい媚びさえあり、見違えるような表情になっている。
口を開くや、
「あたいは狐だよ」と言い放った。
おお、やっぱりな・・・
息をこらしていた人々はどよめく。
よりましというのは、何物かの霊が宿りつく霊媒である。
この邸に、ここ数ヶ月来、病む人、怪我をする者が絶えず、
何かの物怪(もののけ)の仕業ではないかと、
験者を招いて祈らせているのだった。
「狐が祟っていたのか。
何の怨みがあって仇をするのじゃ」
験者は問い詰める。
物怪のとりついた少女は髪をゆすって、けらけらと笑った。
「仇をするつもりなんか、ないさ。
何だか食べ物がありそうだなと覗いただけだよ。
そこを祈り籠められてしまったのさ」
少女はふところから白い玉を取り出し、
若草色の袖をひるがえして、それを手にとって遊びだした。
白い玉は蜜柑ぐらいの大きさだった。
人々の視線は玉に吸い寄せられた。
「何だ。ありぁ・・・」
「綺麗な玉だな。怪しいぞ。狐のめくらましではないか」
「なあに、あの験者とよりましが肚を合わせて騙っているのさ。
前もって、よりましが持ち込んでいたのだろうよ」
人々はささやき交わした。
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・この時、この座に若い武者がいた。
元気がよくて活発で、茶目っ気のある若者だった。
よりましのもてあそんでいる白い玉を、
ひょいと横からさらって、自分のふところへ入れてしまった。
よりましはあわてふためいて、
「返しておくれ!何するんだい、あたいの玉だよ!」
と若者にすがる。
若者はにやにや笑って取り合わないでいると、
しまいによりましは涙をこぼしながら、
「返しておくれよったら、
あんたがその玉を持ってたって、何の役にも立ちゃしないけど、
あたいはその玉がなくっちゃ、大変なことになるんだよ。
お願いだから返しとくれ。
返してくれなきゃ、あたいはあんたの孫子末代まで祟ってやるよ。
でも返してくれたら、あたいはあんたの守り神になってあげる」
若者はよりましの哀願に心を動かされた。
「ほんとにおれの守り神になってくれるんだな」
「約束するよ。きっとあんたの守り神になるよ。
あたいの眷属は嘘はつかない。受けた恩は忘れない。
人間とは違うんだよ。信じておくれ、狐は約束を守る」
若者は狐が可哀そうになって、玉を返さずにいられなんだ。
よりましは喜んでそれをふところにしまった。
この時、験者が「狐、去れ!」と大喝すると、
よりましはぐったり倒れ伏してしまった。
人々がよりましのふところを探ると、
不思議や、玉はどこにもない。
「やや。あの玉はやはり狐のもちものか」
人々はおどろきながらも、
玉を取り上げておけばよかったという者、
変化のものに手を触れぬほうがよい、という者、
さまざまに座は湧いた。
中に一人、屈強の壮年の男、いまいましげに言う。
「狐め、われら眷属は嘘はつかぬ、などとほざいたが、
獣に心許すでないぞ。わしの若いころ、こんな話があった」
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・わしは脚力(飛脚)でな、
田舎と京を夜を日に継いでひたすら、脚にまかせ往復したものよ。
あれは播磨国、印南野を通ったときよ。
野原の真ん中で日が暮れた。
村里もなし、ただ山田を守る粗末な小屋がぽつんとあるばかり。
今宵はここで夜明かしだと、そこへ入って腰をおろしていた。
わしも若いころとて肝太かったものよ。
あたりは物音せず、夜は更けてゆく。
身を守るものとて、腰の太刀ばかり。
さすがに横になって眠る気もせず、
ひっそりとうずくまっておった。
その時よ。
遠くのほうから仄かに物音がする。
念仏の声、鉦を叩く音、思わずのぞいて見ると、
松明の火が点々と連なって、人々の行列がこちらへやってくる。
僧も在家の者もあまたいるようであった。
行列の中ほどに棺が担がれていた。
葬式か・・・と思う間もなく、行列はどんどんこちらへ近づき、
小屋のほんの近くで棺を下ろし、一段と念仏の声が高うなった。
鍬や鍬を持った男どもが墓穴を掘り始めた。
松明の明かりでわしはそれを見て、気味悪いったらなかった。
小屋の近辺には葬式をするようなしるしもなかったものを、
何という不気味な目にあうのだろうとわしは思うた。
(次回へ)