
・鋭敏な源氏は、
帝のおんそぶりの変化に気づいた。
帝が打って変って、
どこかかしこまったご様子に、
今までとは違って見えるのを、
ふしぎに思った。
しかし、まさか、
帝が秘密をすっかりお知りになったとは、
思いもよらない。
帝は、
王命婦にくわしくたずねたいと、
思し召すのであるが、
母宮がひと言も洩らされずに、
亡くなられたことを思われると、
今さら、秘密を知ったと、
命婦に思われたくない。
ただ、源氏の大臣に、
どうかしてそれをたずねて、
昔にこんな例しがあったかどうか、
聞きたいと思し召した。
源氏の子という秘密が事実であれば、
臣下の子が天子の位に即いた、
ということになる。
それは天をも恐れざる僻事ではないかと、
お若い、潔癖なお心に、
帝は悩み給うのであった。
源氏にそれを話す機会も来ないまま、
帝はいよいよ学問に精進されて、
和漢の書を読破された。
古来の史実を尋ね、
こんな先蹤があるかどうか、
自分は何をなすべきかを探りたい、
とお思いになる。
唐土(中国)では、
公然と、また内密にも、
帝王の血統は乱れていること多かった。
しかし日本には、
皇統の乱れは見いだせない。
代々、血筋正しき天子が御位を、
承いでいられる。
帝の物思いは、
それからそれへと深まってゆかれる。
皇子が臣籍に降下されて、
源氏の姓を賜り、
納言や大臣になってのち、
あらためて親王となり、
帝位に即かれた例はたくさんあった。
源氏の大臣の人柄が賢明だから、
という理由をつけて位を譲ろうか、
と帝はお考えになった。
秋の官吏任命式に、
帝はかねてのご譲位のご意志を洩らされた。
源氏は愕然とした。
自分を帝位に、
とはそら恐ろしいような帝のご示唆ではないか。
「それこそ、
あってはならぬことでございます」
源氏は拝辞する。
「故桐壺院はあまたの御子たちのうちで、
私を特別可愛がって下さいましたが、
御位を譲られることなど、
思いもなさいませんでした。
故院のお心のままに、
臣下としてお仕えいたします。
そして、もう少し年を取りましたら、
世を捨て仏道修行に余生を送る、
これが私の望みでございます」
帝はたいそう残念に思われた。
太政大臣にとのご沙汰があったが、
源氏は、
しばらく元のままにとどまり、
位だけ昇進して、
牛車に乗ったまま内裏への出入りを許された。
帝は、それでは物足りなく、
源氏を親王に改めようと仰せられるのであるが、
親王になれば政治のご後見役は出来ない。
それにしても・・・
帝は、あの秘密をどうやら、
お知りになったのではないか、
源氏は察せずにはいられなかった。
そもそも、
(いったい、誰が帝に申しあげたのか)
と不審だった。
王命婦は、今もお仕えしている。
源氏は王命婦に会って、
「あのことを、
亡き藤壺の宮は、ちらとでも、
帝にお漏らしになることがありましたか」
と聞いてみた。
王命婦はおどろいた。
「とんでもございません。
宮さまは、主上のお耳に少しでも入ったら大変、
と用心していらっしゃいました。
でも一方では、
主上が何もご存じないため、
お父君のご愛情に気がつかれず、
み仏の罪を得ることになられはすまいか、
とお嘆きでいらっしゃいました」
といった。
源氏は今さらのように、
故藤壺の宮のふかいお心づかいや、
ゆかしいお気持ちを思って、
恋しさをおぼえた。



(次回へ)