goo blog サービス終了のお知らせ 

「姥ざかり」

田辺聖子著
昭和56年新潮社刊より

17、薄雲 ⑧

2023年11月09日 08時48分21秒 | 「新源氏物語」田辺聖子訳










・鋭敏な源氏は、
帝のおんそぶりの変化に気づいた。

帝が打って変って、
どこかかしこまったご様子に、
今までとは違って見えるのを、
ふしぎに思った。

しかし、まさか、
帝が秘密をすっかりお知りになったとは、
思いもよらない。

帝は、
王命婦にくわしくたずねたいと、
思し召すのであるが、
母宮がひと言も洩らされずに、
亡くなられたことを思われると、
今さら、秘密を知ったと、
命婦に思われたくない。

ただ、源氏の大臣に、
どうかしてそれをたずねて、
昔にこんな例しがあったかどうか、
聞きたいと思し召した。

源氏の子という秘密が事実であれば、
臣下の子が天子の位に即いた、
ということになる。

それは天をも恐れざる僻事ではないかと、
お若い、潔癖なお心に、
帝は悩み給うのであった。

源氏にそれを話す機会も来ないまま、
帝はいよいよ学問に精進されて、
和漢の書を読破された。

古来の史実を尋ね、
こんな先蹤があるかどうか、
自分は何をなすべきかを探りたい、
とお思いになる。

唐土(中国)では、
公然と、また内密にも、
帝王の血統は乱れていること多かった。

しかし日本には、
皇統の乱れは見いだせない。

代々、血筋正しき天子が御位を、
承いでいられる。

帝の物思いは、
それからそれへと深まってゆかれる。

皇子が臣籍に降下されて、
源氏の姓を賜り、
納言や大臣になってのち、
あらためて親王となり、
帝位に即かれた例はたくさんあった。

源氏の大臣の人柄が賢明だから、
という理由をつけて位を譲ろうか、
と帝はお考えになった。

秋の官吏任命式に、
帝はかねてのご譲位のご意志を洩らされた。

源氏は愕然とした。

自分を帝位に、
とはそら恐ろしいような帝のご示唆ではないか。

「それこそ、
あってはならぬことでございます」

源氏は拝辞する。

「故桐壺院はあまたの御子たちのうちで、
私を特別可愛がって下さいましたが、
御位を譲られることなど、
思いもなさいませんでした。
故院のお心のままに、
臣下としてお仕えいたします。
そして、もう少し年を取りましたら、
世を捨て仏道修行に余生を送る、
これが私の望みでございます」

帝はたいそう残念に思われた。

太政大臣にとのご沙汰があったが、
源氏は、
しばらく元のままにとどまり、
位だけ昇進して、
牛車に乗ったまま内裏への出入りを許された。

帝は、それでは物足りなく、
源氏を親王に改めようと仰せられるのであるが、
親王になれば政治のご後見役は出来ない。

それにしても・・・
帝は、あの秘密をどうやら、
お知りになったのではないか、
源氏は察せずにはいられなかった。

そもそも、

(いったい、誰が帝に申しあげたのか)

と不審だった。

王命婦は、今もお仕えしている。

源氏は王命婦に会って、

「あのことを、
亡き藤壺の宮は、ちらとでも、
帝にお漏らしになることがありましたか」

と聞いてみた。

王命婦はおどろいた。

「とんでもございません。
宮さまは、主上のお耳に少しでも入ったら大変、
と用心していらっしゃいました。
でも一方では、
主上が何もご存じないため、
お父君のご愛情に気がつかれず、
み仏の罪を得ることになられはすまいか、
とお嘆きでいらっしゃいました」

といった。

源氏は今さらのように、
故藤壺の宮のふかいお心づかいや、
ゆかしいお気持ちを思って、
恋しさをおぼえた。






          


(次回へ)

この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 17、薄雲 ⑦ | トップ | 17、薄雲 ⑨ »
最新の画像もっと見る

「新源氏物語」田辺聖子訳」カテゴリの最新記事