・斎宮の女御は、
源氏が予想した通り、
帝のよいお相談相手となられ、
ご寵愛深かった。
やはり、六條御息所の姫君だけあって、
お人柄のゆかしいこと、
お心づかいの深さ、
すべて申し分なくすぐれていられる。
秋のころ、
女御は源氏の私邸・二條院へお里帰りなさった。
源氏は、今は全く親代わりとなって、
女御をお迎えし、お世話する。
御息所との恋の思い出、
姫君を帝の女御に奉るまでの、
あれこれのいきさつ、
姫君におぼえたほのかな恋、
兄君・朱雀院の失恋。
それにしても、
御息所も逝き、
藤壺の宮もすでにみまかられた。
秋雨にさそわれて、
源氏は女御の部屋へうかがう。
濃い鈍色の直衣姿。
故藤壺の宮のための精進をして、
喪服でいるのだった。
数珠を袖にかくし、
さりげなくつくろっているさま、
花やかな衣よりも却って男のなまめかしさに、
あふれている。
源氏が御簾のうちに入ると、
女御は几帳をへだてて、
ご自身で受け答えなさる。
「前栽の秋草もみな咲きました。
今年はいいことのない、
物憂い年でしたが、
花だけはその時がくると咲くものです。
あわれに思われませんか。
そういえば、
亡き御息所を野の宮におたずねしたのも、
秋でした」
女御も、亡き母君を思い出されるのか、
涙ぐんでいらっしゃるご様子。
源氏は胸さわぐ。
お姿をみたい、と男の好色心はとどめない。
困った癖である。
源氏はものやわらかに、
若き女御に話しかける。
「恋してはならぬ人を恋する、
という厄介な癖が私にはありまして・・・
その中に、
ついに思いが相手の人に届かず、
心残りになった恋が二つございます。
まず、その一つは、
亡くなられたあなたの母君のことでございます。
私をつれない男とお恨みになって、
お亡くなりになった。
私には永久に消えぬ悲しみです。
こうしてあなたさまにお仕えして、
お世話申し上げることを、
せめてもの慰めと思っておりますが、
亡き人の恨みが解けぬままだったと思うと、
心は曇ります」
といって、
もう一つの恋は、
いいさして、源氏は話題を変えた。
「かつて、私が落ちぶれておりましたころ、
ああもしたい、こうもしたい、
と思っていたことは、
ここ数年のうちに少しずつ叶えられました。
たとえば、
東の院に住んでおります花散里、
この人も頼りにする人もない身の上なので、
今は東の院に移して、
何不自由なく暮らしておりまして、
安心でございます。
善良な人柄の人でして、
みなにも好かれて、
朗らかに暮らしております。
私は京へ帰って、
政治にあずかることになりましたが、
そういう方面の成功は、
大した喜びとは思えないで、
こういう、恋の苦労や、
妻たちの運命の方が気になる男でして・・・
あなたさまにも、
ひとかたならぬ思いを抑えて、
お仕え申しあげているのです。
思わず本音を申しました。
この気持ち、おわかり下さいましたろうか。
あわれ、とひと言、
お言葉を頂けなければ、
切ない心は晴れませぬ・・・」
女御は黙っていられる。
唐突なので、お返事ができない。
「今の私の望みとしては、
後世の往生をねがう勤行をすることです。
この世の思い出になることを、
一つも残すことの出来なかったことが、
残念に思われます。
男の人生というものは、
空しいものです。
子供を残したということでしょうか。
ことに娘は人かずにも入らぬ幼さ、
生い先まち遠しく思われます。
私亡きあとも、
娘をお引き立て下さいますように」
女御はそれに対して、
仄かにお返事をなさった。
しみじみとした心地で、
源氏は日の暮れるまで話し込むのであった。
(次回へ)