・僧都は、おたずねもないのに、
こちらから秘密をお知らせしたことを、
ご不快に思し召すだろうかと恐縮して、
そっと退出しようとすると、
帝はお呼びとめになった。
「それを知らずにいたら、
来世までの罪の障りになったことだろう。
今まで隠していられたことが恨めしい。
このことは、
あなたのほかに知っている者がいるのだろうか」
と仰せられた。
「私と王命婦のほかは、
この秘密を知る者はございません。
それだけに、
私は恐ろしいのでございます。
このところ天変がしきりに起こって、
前兆を知らせ、
世の中がおだやかならぬのは、
このためなのでございます。
主上がご幼少で、
物ごとのご分別なき間は、
事なく済んだのでございますが、
ご成人になり、
道理をおわきまえ遊ばす時が参りますと、
天が咎めを示すのでございます。
このごろの天変の原因は、
すべて主上のおん親の御代から、
はじまっているのでございます。
それを主上は何の罪によって、
起こったともご存じなくいられますのが、
私にはおいたわしいのでございました・・・
そのため、
胸一つにおさめて決して明かすまいと、
思いました秘密を、
思い切って申し上げたのでございます・・・」
と泣く泣く申し上げているうち、
夜も明けたので、
僧都は退出した。
帝は隠された秘密をお聞きになって、
夢のように思われた。
帝は日が高くなってもご寝所から、
お出ましにならず、
それからそれへと思い悩んでいられた。
亡き桐壺院のためにも、
お心がとがめることではあり、
また源氏が実の父君でありながら、
臣下として仕えているのも、
悲しく勿体ないことに思われ、
お心の乱れは果てもなかった。
源氏は帝がお籠りになっていられる、
と聞いて、お体に障りでも、
と驚いて参内した。
帝は源氏をご覧になって、
万感がお胸にあふれ、
思わず落涙あそばされた。
源氏は、
(亡き母宮を忘れる間もなく、
恋しがっていられるのだろう)
といとおしくお見上げする。
こんな折なので、
源氏は二條院へも帰れず、
ずっと帝のそばについていた。
帝は、
「私の寿命も、
尽きようとしているのだろうか。
心ぼそく、気分も常とはちがう心地です。
世の中も天変やわるいことがうち続いて、
落ち着きません。
これは、わが身の不徳の致すところ、
と思います。
母宮ご在世ならば、
そのお嘆きを思って退位も憚られましたが、
亡き今は、位をゆずり、
心のどかに暮らしたいと思うのです」
「何を仰せられます。
ご譲位とは、
あるまじきことでございます」
源氏はおどろいて帝をおいさめする。
喪服を質素にお召しになっていられる帝の、
美しいお顔は、
源氏に生き写しといってよかった。
実は、帝も日ごろ、
鏡をご覧になるたび、
(源氏の大臣に似ているなあ)
と何気なく思っていられたのであるが、
僧都の話を聞かれてからは、
あらためて源氏をなつかしくながめられた。
もはや、わが身は、
父君にも母君にもおくれ奉ったもの、
とさびしく思っていられたのに、
まことの父は健在であった。
帝はうれしくもなつかしくも、
あわれにも、しみじみと、
源氏を慕わしくお思いになる。
幼い日から仕えてくれた人の愛情は、
思えば、まことの父の愛情であった。
帝はお胸にあふれる思いを、
どうかして源氏に伝えたい、
と思われるが、
やはり口に出しておっしゃることができない。
源氏が恥じ、
きまりわるく思うであろうし、
ついにはそのことにふれずに、
おしまいになった。
そして何とはない世間話を、
ふだんよりは格別に、
なつかしげに、
源氏に話されるのであった。
(次回へ)