むかし・あけぼの

田辺聖子さん訳の、
「むかし・あけぼの」
~小説枕草子~
(1986年初版)角川文庫

19、別居結婚の内情 ②

2022年05月25日 08時19分38秒 | 田辺聖子・エッセー集










・私でなくとも、
職業を持つハイミスで母と二人暮らしの人は、
この安逸に狎れ、あるいはその存在が枷になって、
結婚を取り逃がしてしまうことが多い。

私はそういう友人を幾人も知っている。

私も考えると、何となくおかしくなるが、
彼にしても私にしても、四十年生きると、
今度は自分のためだけに人生を使いたい、
人生をぜいたくに使いたい、
という気持ちになってきた。

私は元来が出たとこ勝負で人生を渡っていくずぼらやで、
人生に尻をでんと落ち着けているのは嫌いである。

いつも腰かるく、
運命のサイコロに賭けてみるのが好きなのだ。

それに、今では、彼と私の間で、別居ということは、
何か一つの感情に支えられていた不思議な張り合いみたいに、
思われて来たのも面白い。

そのうち、一緒にいるようになる、
そうしたら・・・という、
何だか楽しみのようなものが私にもあり、
一つの運命に対する期待みたいなものが生まれる。

「その内に」という共通の目的のようなものがあって、
複雑な感じながら、それはそのまま生活のリズムに乗って、
私も彼も馴れていき、抵抗なく会ったり別れたりしている。

世間には奇異に見えたのかもしれないが、
つまり、仕事を持つ女性にとって、
別居という形の結婚生活はのぞましい。

とくに小説を書くとか、絵を描く、といった、
エゴイストにならざるを得ない仕事にとっては、
摩擦の少ない理想的な形態である。

小説を書く、という作業はことに、
家の中にばかりいるだけに、
家庭と仕事をが切り離しにくく、
そんな場合「家庭」の匂いのしない仕事場を持つことは、
ありがたい。

私は原稿用紙に醤油のシミがついたり、
ご用聞きが来る度に筆を中断されるのは、
ごめんである。

なぜなら、怠け者の私は、
ご用聞きとのおしゃべりにすぐ身が入ってしまう。

それならそれでよいが、
人生をはんぱになし崩しに生きていくのはよくない。

仕事を持っているあいだは、
それに賭けたいと思うのだ。

それから、
経済的に完全に自立しているわけなので、その意味から、
愛情がなくなっても隷属を強いられる関係は、
産まれない。

対等の人格でつきあえる関係を保てるように思えるし、
自由で束縛されない結婚、
信頼と愛情だけがお互いをつなぐ絆である結婚が、
実現するのではあるまいか。

経済的自立といっても、
私みたいな駆け出しの物書きよりは、
コンスタントに収入のある彼の方が、
ずっと経済的に安定しているので、
私がこんなことをいうと彼に笑われそうだけど、
しかし私は、私と母が住む家の経費は、
自分で稼ぎだしているのも事実である。






          


(次回へ)

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