むかし・あけぼの

田辺聖子さん訳の、
「むかし・あけぼの」
~小説枕草子~
(1986年初版)角川文庫

「25」 ②

2024年12月26日 09時14分03秒 | 「むかし・あけぼの」  田辺聖子訳










・生昌が言うには、
兄、惟仲中納言が私をほめていた、
という

私はいぶかしいばかり

「ほんとうの話?」

別に疑ってやしないが、
惟仲にほめられるようなことも、
していないつもり

「兄はめったに、
人をほめぬ男でございますが、
あなたさまのことを、
ほめました
この間の干公の話、
あれを兄に話しましたところ、
たいそう感心いたしまして、

『ぜひいつか適当な折に、
お目にかかってお話を伺いたい
男も及ばぬ才気ある方だ』

とほめておりました」

「それはどうも
で、ご用は?」

「いや、
兄の言葉を伝えたくて」

「あ、そう
それはどうもご苦労さま」

狐につままれたような気持

(ずれとるなあ)

といいたいのは、
こういうとき

どうってことないのに、
なんでわざわざいいに来るのか

門の話より、
色男ぶって忍んできたときの、
ことをばらして、
惟仲のおっさんがどういうか、
聞きたいもの、
と思ったが、生昌は、

「ま、いちどゆっくり、
お部屋へ伺わせて下さい」

と一人はしゃいで帰ってゆく

中宮の御前に出ると、

「何だったの?」

と待っていらした

で、こうこうと、
申し上げると、
女房たちはまた笑いころげる

「わざわざ呼び出すほどの、
ことでもないじゃありませんか
ついでのときに、
いえばいいことなのに」

「男も及ばぬ、
というのが生意気だわ
少納言さんの才気には、
並大抵の男は太刀打ち、
出来やしないのに、
惟仲と生昌、
兄弟そろって女性蔑視のオジン」

などとかしましい

「まあ、そう、
おとしめないでおやりなさい」

と中宮は弁護なさる

「生昌はよほど、
兄の惟仲を尊敬しているのね
これでいよいよ、
少納言の値打ちも上がるってもの、
そういじめちゃだめよ」

生昌のおかげで、
話題と笑い声に事欠かず、
考えてみると、
生昌邸に身を寄せ、
生昌に世話されながら、
笑い者にするなんて、
ずいぶんひどい話だけれど、
そのうち知らず知らずのうちに、
生昌に好感を寄せるように、
なっていく自分を発見する

もちろん、
女房たちのほとんどは、
芯から生昌を見くびり、
さげすんだりしているのだが、
何たって生昌のおっさん、
かいがいしく中宮のおんために、
奔走しているのである

職務上だけではなく、
美しく若き后の宮に、
骨身を惜しまず尽くそう、
という意気込みが感じられて、
中宮もそれに、
気付いていられるらしい

すぐさま感応されるところが、
中宮の鋭い、素直な、
生まれながらの高貴な感受性、
というべく、
私はまた私で、
棟世のいった、

「真面目誠実をうまく使いこなす」

言葉にひそかに感嘆する

生昌は、真面目誠実に、

「ハイ、シーッ、
恐れながら申し上げます、
実は・・・」

と密告し、

また真面目誠実に、

「私どもの陋屋に、
お迎えできてまことに光栄・・・」

とお仕えしているにちがいない

この生昌の三条邸は、
手狭である上に、
このごろは左大臣家の、
彰子姫入内の準備で、
誰も彼も夢中なのか、
訪れる殿方はいない

ただ、主上のお使いが来るばかり

それもあわただしく、
世を忍ぶ様子で、
そそくさと主上のお文を、
中宮にお届けする

何もかも天下すべて、
左大臣どのの気息を、
うかがっているらしい様子

そういう中、
経房の君が久しぶりに、
やってこられて、
私たちは珍しくて取り囲む

ひとしきり話が弾んだあと、
経房の君は私の局に来られる

「いやもう、
この邸に来るのに、
抵抗があってね
あなたがたに関係ないものの、
どうもちょっと・・・」

といわれるのは、
ご身分がら、
身分低き生昌邸へは、
足を踏み入れるのは筋ちがい、
というような意味であろうか

「ただた、
お姉さまに会いたくて」

といわれるが、
それではこんなお邸にしか、
居られない中宮のお身の上は、
どうして下さろう、
というのだ

でも経房の君の、
もたらされる情報は、
久しぶりに目新しかった

彰子姫の入内は、
十一月一日に決まったそう、
しかしその日に、
土御門のお邸から行列が出るのは、
方角が悪いそうで、
西の京の連雅の邸へ一度渡られ、
そこから入内なさるそうな

例の四尺の屏風、
当代歌人とうたわれる、
名士たちが詠んだ歌を、
名筆家の行成の君が、
書かれた屏風も出来上がるという

行成の君は、
蔵人の頭でいられるから、
内裏と左大臣家の折衝に、
当られる直接の責任者では、
あるものの、
役目上だけでなく、
個人的にも左大臣どのと、
意気投合されて、
彰子姫入内には一方ならず、
奔走されていられるそうな

それは私にもよくわかる

あの行成の君の、
聡明でおちついた人となりを、
よく知ったいまは、
豪放で魅力ある左大臣どのと、
あんがい、しっくりいっている、
と察しはつく

「中宮のおめでたは、
いつごろのご予定ですか?」

と経房の君はいわれる

「十一月のはじめ、
ではないでしょうか」

「では、
左大臣家の姫君のご入内前後、
というところですか
世の中はますます忙しいことだ
内裏も花やかになることでしょう
中宮に女御あまた
しかし、中宮はご運が強い方だ
次々と若宮を儲けられるのは、
女御はたくさんいられても、
中宮お一人なんだから」

経房の君は、
皮肉な方ではあるものの、
中宮にかかわるかぎり、
皮肉はおっしゃらない

「みな淋しがっていますよ、
男たちは
中宮がいらっしゃらない内裏では、
火が消えたようで、
中宮がいらっしゃらなければ、
少納言さんたちもいないし、
我々はみな登華殿の細殿を、
恋しがっている」

それは私たちが、
内裏で住んだところだった






          


(次回へ)

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