・野分の前じらせであろうか、
雨まじりの強い風が京の町をかすめてゆく。
横ざまの雨脚が格子の蔀にさわがしい。
「いつの間にか、肌涼しゅうなった」
と人々は衣の袴をかきあわせ、
すきま風に消えそうになる灯し台の明かりをかばいつつ、
ささやかに濁り酒など汲みかわし、
夜長を楽しむ風である。
若い男たちは興に任せて唄いだすのもあった。
年かさの男が瓶子を取り上げて・・・
おお、それそれ、その歌よ。
「よくよくめでたく舞うものは
巫(こうなぎ) 小楢葉(こならは) 車の胴とかや
八千独楽(はちこま) 蟾舞(ひきまい) 手傀儡子(てくぐつ)
花の園には蝶 小鳥・・・」
この歌を歌われると、ひょこ。ひょこ。ひょこ。ひょこ。
と、ほれ、こう手足がおのずと動くんだなあ。
笑うなってば。
歌につれて体の踊り虫がさわぐといえば・・・
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・今は昔、
おれはおかしな男を見たことがある。
小野五友(おののいつとも)さまにおれは仕えていたが、
この殿が伊豆守に任ぜられてその国へおわした時、
目代(代官)になるべき者をさがしておられた。
これは国の守の片腕となって事務をとる者ゆえ、
計理に明るく、能筆で、
しかも人柄が信頼できる者ではなくてはならぬ。
すると、
「適当な者がおります」
と推挙する人があった。
「駿河の国の某(なにがし)と申すもの、
なかなか有能で手蹟も上手でございます」
殿はそれは好都合と早速召し寄せられた。
殿をはじめ、われら一同、どんな男かと見れば、
これがなかなか恰幅のある、どっしりした六十くらいの男。
にこりともせず、いかめしく自若としているさまは、
憎らしいばかり。
口の聞きようも落ち着き、
肝の据わっているひとかどの者に見えた。
殿も、
(うむ、これはなかなかの者。
心まではわからぬが、見た目は目代として適任に見えるの)
と思われ、字を書かせてごらんになると、
これも名筆達筆というのではないが、
まず目代としてなら十分、という字をさらさら書く。
事務処理能力はどうであろうかと、
公用文書をあれこれ取り出し、
「この税金の計算をしてみよ」
と試みられると、
男は文書をざっと見て算木を取り出し、
またたく間に答えを出す。
殿はその手腕を買われ、
「ま、気心はまだ知れぬが、ともかく手利きの者を得た」
と喜んで身近に使われた。
国の目代としてこの男、
よろずにつけて宰領をふるうことになって、
またたく間に二、三年過ぎたが、
日を重ねるに従って、おれたちもこの目代に、
信頼を寄せるようになったよ。
まず仕事をさばくのに老練で敏腕なんだな。
万事、規則に従い、手抜かりなくきちんと処理する。
人が渋滞させていた仕事も、
この目代にかかると、たちまち見事に処理されて、
この目代はいつも余裕たっぷりという風情。
それから、利欲に恬淡で、欲の皮が突っ張ることもない。
たとえば守の殿が、
目代にちっとは旨い汁を吸わせてやろうとのご好意で、
さるところをあずけ、宰領させられたが、この目代、
根が正直と見え、特別に私腹を肥やそうともしない。
こんな調子だから、
殿は無論、国府の館のわれわれ同僚から、
国の人々にもえらい信用があったよ。
なくてはならん人間として、
隣の国までやり手として名高かった。
目代は評判におごることなく、
日々、謹厳、廉直に、まじめ一筋、
仕事に励んでおった。
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・あれは秋のころであったか。
その日も目代は殿の前に座を占め公文書をあまたひろげ、
部下達に指令書や通知書を書かせて、国庁の印を押していた。
そこへ傀儡子(くぐつ)の一行がやってきたのよ。
人形使いの男や、唄い踊る女ら、
村々、町々をさすろうて生きている游芸人らが、
国府の館へも流れ込んで、
「みなさま、時節もようございまする。
ひととき拙い芸をお目にかけますゆえ、
しばしお慰みのほどを」
と二、三十人がわらわらと唄い囃しだしたよ。
たん。たん。たん。
たん。たん。たん。
(次回へ)