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・帝の姫君、
女二の宮の服喪も終えられた。
帝は薫の申し込みを、
心待ちにしていられる。
薫はのっぴきならぬところへ、
追い詰められた。
知らぬ顔でいるのも、
帝に対してご無礼であろう。
薫は女二の宮を頂きたい趣を、
人伝てに申し上げることになった。
帝はただちにお許しになって、
ご婚儀の日取りまで、
お心づもりなさったと聞いた。
薫はそれを知っても、
心は晴れない。
(身分の低い女でもいい、
あのひとと少しでも、
面影が似ているひとはいないものか)
また浮かぶのは、
亡き大君の面影。
匂宮のほうのご婚儀も、
着々とすすんでいた。
夕霧右大臣は、
秋・八月に結婚式をと、
急がせている。
その噂は二條院にも聞こえた。
中の君は胸をつかれた。
(やっぱり・・・
宮は権勢あるお邸の婿君に、
なられる。
こんなことがいつかはくる、
と思っていた。
もうおしまいだ。
まったく縁が切れてしまう、
というようなお扱いは、
なさらぬとしても、
わたくしなど数にも入らぬ身、
人の物笑いになるかもしれない。
宇治へ帰りたい・・・)
と悲しかったが、
宮にそんなそぶりを見せるのも、
はしたないようで、
じっとこらえて何も知らない風を、
よそおっていた。
宮はこのごろ、
常にもまして中の君に、
おやさしい。
実は中の君は、
この五月ごろから、
懐妊していたのであった。
気分がすぐれず、
食も細く横になってばかりいる。
宮はまだ、
身重の人の様子など、
ご存じないので、
「どうしたの?
もしかしてお子でも出来たの。
暑さのせいかと思ったけれど」
などといわれるが、
中の君ははかばかしく返事もしない。
女房たちも遠慮して、
宮のお耳に入れないので、
宮はご存じない。
宮のほうは、
一日一日近づく婚儀のことを、
どうしても中の君に、
おっしゃれない。
心苦しくいじらしく、
お口に出来ぬお気持ちだった。
宮はこのごろ、
時々内裏で御宿直で、
泊まられるようになった。
中の君を、
二條院へ迎えられてから、
外泊などなさったことがないのに。
というのも、
六の君(夕霧の娘)と結婚したら、
これからはあちらへ泊まる夜も、
重なるであろう。
夜離れの辛さを、
少しでも慣れさせてあげようと、
宮は思われるのであった。
しかしそんな男の愛情も、
女にとってはただ辛い仕打ち、
としか思えなかった。
薫もご婚儀の噂を聞いて、
動揺していた。
宮のことだから、
新しい女にお心が移るのでは、
と思うにつけても、
(なんで中の君を、
宮に取り持ってしまったのか)
誰を怨むこともできない。
みなわが心からのせいだ。
霧の立ちこめる朝、
露じめりした朝顔が咲く。
格子を上げたまま、
うたたねをしていた薫は、
人を呼んで、
二條院へ行く車の用意を、
いいつけると、
宮は昨夜は宮中で宿直という。
「それでいい。
対のお方のお見舞いだから」
薫は庭に下りて、
露のこぼれる朝顔を折った。
二條院の人々を驚かせないように、
そっと入ると、
女房たちはもう起きていた。
女房にすすめられて、
中の君は御簾の向こうに来た。
「お具合はいかがですか」
薫はさながら兄のように、
やさしくいたわる。
中の君は沈んで返事をしない。
携えてきた朝顔の花を、
御簾の下から差し入れて、
「露をこぼさず、
持ってきました。
朝顔の花を。
亡きひとは、
あなたを私に托したのに、
かたみとして、いって」
中の君は涙を抑えかねて、
やっといった。
「お願いがございます」
「何なりと」
薫は緊張する。
「わたくしを宇治へ、
連れていって下さいまし」
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(了)