
・薫は新築なった三條の邸に移り、
そこから近い二條院の桜を見つつ、
思いは中の君に向けられる。
近くになったことで、
つい二條院に向かう。
馴染みの女房たちが、
薫を歓待する。
中の君は、
宇治で過ごしていた時より、
うってかわり、
まばゆい御殿で奥ゆかしく、
住んでいる。
「これという用もないのに、
伺うのは馴れ馴れしいようで、
控えておりましたが、
落ち着かれましたか。
この御殿にお住まいになって、
喜ばしく存じますが、
昔と違っておつきあいが、
うとうとしくなったのは、
淋しく存じます」
薫の挨拶は、
しめやかに沈んでいる。
中の君にも、
あふれる思いがあった。
薫を見ると、
亡き姉君を思い出さずに、
いられない。
亡き父君、
捨てて来た宇治の山荘。
このきらびやかなお邸に、
どこかまだ馴染まず、
心は満たされない。
宮のご愛情をたよりに、
生きているものの。
そんなことを、
薫に打ち明けたいが、
じかに話すとなると、
ためらわれて口ごもっていると、
匂宮が外出姿で入って来られた。
今から宮中へ参内されるという。
薫が御簾の外に、
かしこまっているのを、
ご覧になっていわれる。
「どうしてこんな他人行儀な、
おもてなしをなさる。
あなたのお世話をした、
後見人じゃありませんか。
もっと親しく、
もてなしてあげなさい」
よき婿がねと、
娘を持つ親たちから、
目をつけられている薫であるが、
薫自身は心が動かない。
ところが思いがけない縁談が、
持ち上がってしまった。
帝の姫君、
女二の宮である。
女二の宮の母君は、
明石中宮ではなくて、
藤壺の女御と申し上げた方で、
故左大臣の娘でいられた。
帝が東宮でいられたとき、
入内なさったが、
ついに皇子をお挙げになれず、
女宮おひとかただけだった。
姫宮が十四歳のとき、
女御ははかなくお亡くなりになった。
あとへ残された女二の宮が、
悲しみに沈んでいるのを、
帝はひとしお不憫に思われる。
帝はおん父として、
姫宮をかわいく思し召すものの、
(さて、
この姫宮をどうしたらいいものか。
身内の後見に、
さほど重い身分の者もいないし、
内親王は独身で過ごすのがよい、
といっても頼りになる庇護者が、
いなくては・・・)
とお悩みになる。
そういうとき、
連想なさるのは、
朱雀院の皇女、女三の宮が、
源氏に降嫁された先例である。
(そうだ、
私の在位中に結婚させよう。
相手は薫中納言しかいない。
薫に思う女がいたとしても、
まさか粗末にはすまい。
おお、そういえば薫には、
まだ正式の妻はいない)
そう思われると、
帝はお心いそぎをなさる。



(次回へ)