「姥ざかり」

田辺聖子著
昭和56年新潮社刊より

7、早蕨 ④

2024年05月25日 08時14分44秒 | 「霧深き宇治の恋」   田辺聖子訳










・薫は新築なった三條の邸に移り、
そこから近い二條院の桜を見つつ、
思いは中の君に向けられる。

近くになったことで、
つい二條院に向かう。

馴染みの女房たちが、
薫を歓待する。

中の君は、
宇治で過ごしていた時より、
うってかわり、
まばゆい御殿で奥ゆかしく、
住んでいる。

「これという用もないのに、
伺うのは馴れ馴れしいようで、
控えておりましたが、
落ち着かれましたか。
この御殿にお住まいになって、
喜ばしく存じますが、
昔と違っておつきあいが、
うとうとしくなったのは、
淋しく存じます」

薫の挨拶は、
しめやかに沈んでいる。

中の君にも、
あふれる思いがあった。

薫を見ると、
亡き姉君を思い出さずに、
いられない。

亡き父君、
捨てて来た宇治の山荘。

このきらびやかなお邸に、
どこかまだ馴染まず、
心は満たされない。

宮のご愛情をたよりに、
生きているものの。

そんなことを、
薫に打ち明けたいが、
じかに話すとなると、
ためらわれて口ごもっていると、
匂宮が外出姿で入って来られた。

今から宮中へ参内されるという。

薫が御簾の外に、
かしこまっているのを、
ご覧になっていわれる。

「どうしてこんな他人行儀な、
おもてなしをなさる。
あなたのお世話をした、
後見人じゃありませんか。
もっと親しく、
もてなしてあげなさい」

よき婿がねと、
娘を持つ親たちから、
目をつけられている薫であるが、
薫自身は心が動かない。

ところが思いがけない縁談が、
持ち上がってしまった。

帝の姫君、
女二の宮である。

女二の宮の母君は、
明石中宮ではなくて、
藤壺の女御と申し上げた方で、
故左大臣の娘でいられた。

帝が東宮でいられたとき、
入内なさったが、
ついに皇子をお挙げになれず、
女宮おひとかただけだった。

姫宮が十四歳のとき、
女御ははかなくお亡くなりになった。

あとへ残された女二の宮が、
悲しみに沈んでいるのを、
帝はひとしお不憫に思われる。

帝はおん父として、
姫宮をかわいく思し召すものの、

(さて、
この姫宮をどうしたらいいものか。
身内の後見に、
さほど重い身分の者もいないし、
内親王は独身で過ごすのがよい、
といっても頼りになる庇護者が、
いなくては・・・)

とお悩みになる。

そういうとき、
連想なさるのは、
朱雀院の皇女、女三の宮が、
源氏に降嫁された先例である。

(そうだ、
私の在位中に結婚させよう。
相手は薫中納言しかいない。
薫に思う女がいたとしても、
まさか粗末にはすまい。
おお、そういえば薫には、
まだ正式の妻はいない)

そう思われると、
帝はお心いそぎをなさる。






          


(次回へ)

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