聖なる書物を読んで

現役JW29年目

使徒たちの活動18章

2018-12-28 | 聖書
パウロの第二回宣教旅行後半、第三回宣教旅行(52~56年頃)始め。

コリント→エフェソス→(エルサレム?)→アンティオキアへ戻る。そしてまたガラテア、フリギア地方へ(その間のエフェソスでは)。

1~4節。パウロはコリントに。ローマを追放されたユダヤ人のアクラと妻プリスキラの家に滞在。共に天幕作りの職。会堂で議論。

コリ①2:1~5を見ると、アテネでの宣教が失敗したので、哲学的論調を捨て、単純にイエスの死と復活を語るという方針に変えたことが分かる。

5節。シラスとテモテが合流(べレア以来かな)。パウロはみ言葉に専念する。

テサ①3章を見ると、テモテは合流前にテサロニケに遣わされ、そこの様子をここでパウロに伝えたことが分かる。テサ①の手紙はこの頃に書かれた(テサ①3:6)。多分テサ②の手紙もこのすぐ後に書かれた。

6~8節。ユダヤ人の反対ゆえ、衣の塵を払ってギリシャ人へ向かう。会堂に隣接したテテオ・ユストの家を宣教の拠点(宿はアクラ家)とする。会堂司のクリスポと家の者たち、さらに多くの者が信者になる。

コリ①1:14によるとクリスポは、パウロがバプテスマを施した2人のうちの1人。

9~11節。主の幻。「恐れず語り続け、黙ることのないように。私が共にいる。危害を加えようとする者はいない。この町には私の民が大勢いる」。1年6カ月(第三回宣教旅行のエフェソスに次ぐ長期滞在)腰を落ち着け神の言葉を教えた。

パウロはどこに行っても、ユダヤ人や異邦人からの迫害続きだったから、ここでも迫害が起きるのではないか、早く次の場所へ行った方がいいんじゃないか、と思ってたんだろうな。コリ①2:3にも「私は、あなた方のもとに行った時、衰弱していて、非常な恐れと不安があった」と書いてる。でも、主の幻によって強められた。

12~17節。(やっぱり迫害きたよ)ユダヤ人たちがパウロを裁きの座に引いて行き、執政官代理のガリオに訴える。ガリオは取り合わず追い返す。ユダヤ人たちは会堂司のソステネを打ち叩く(パウロの身代わり?)。

コリ①1:1に書かれてるソステネと同じ人なら、パウロの身代わりになったのかも。

13節。新世界訳の「法に逆らい、神を崇拝する点で人々を別の宗旨に導いている」。他の訳では「律法にそむいて神を拝むように、人々をそそのかしています」「律法に反して神を敬うよう人々を説き伏せています」「法に逆らって神を敬うよう人々に説いています」など。・・・意訳過ぎる新世界訳。

律法を重んじる形式主義のユダヤ人にとって、パウロの教える自由な信仰は目障りだった。
実害がない限り、宗教問題を政治外に置いたガイオは正しいと思う。ピラトもそうしたかったんだろうな。

18~22節。パウロは、プリスキラとアクラ(順序が逆なのはプリスキラの方がクリスチャンとして目立っていたから?)と共に出帆(帰路)。ケンクレア(コリント外港)で誓いのために髪を剃り、エフェソス(アジア地方最大の港町)で彼らと別れる。エフェソスの会堂で議論。「神がお望みであれば、またもどって来よう」と言って船出し、カエサレア、(エルサレム)、そしてアンティオキア会衆へ戻る。

パウロの誓い(ナジル人)は、いつ、何のため、に行なわれたのか分からない。民数記6章には、誓いの終了時には、エルサレムの神殿で捧げ物をして髪を剃り燃やすことになってるので、なぜ、ケンクレアで? そこで誓いをしてエルサレムで終わらせたのか?(「エルサレム」へ上って、と書いてある写本があるのは、この矛盾を解消するため?)まぁ、パウロにとって律法は終わってたから、どこで髪を切っても良かったんだろうな。誓いもしようがしまいがどっちでも良かったんだろうし。ちなみに誓いの内容は、持病のため、あるいはコリントでの成功のため、などの説あり。

ガラテア人への手紙はこの時期に(コリントかエフェソスかアンティオキアで)書かれた。

23節。第三回宣教旅行始め。第二回と同じルートをたどり、ガラテアとフリギア地方(デルベ、ルステラ、イコニオム、アンティオキア)の弟子たちを強める。

24~28節。パウロが去った後のエフェソスに残ったプリスキラとアクラは、アポロに会い、彼に神の道を開示する。アポロはアカイア(コリント)へ行き、貢献する。

25,26節。新世界訳の「エホバの道を口伝えに教えられており・・・神の道をより正しく解き明かした」。他の訳では「主の道に通じており・・・さらに詳しく神の道を解き聞かせた」「主の道を受け入れており・・・もっと正確に神の道を説明した」「主の道をよく学んでおり・・・もっと詳しく神の道を開示した」。
ここの「主」を「エホバ」に置き換えるのはダメだよね。主の道というのはイエスの教えのことで、神の道というのはイエスによる神の救いのことなんじゃないかなぁ・・・

27節。新世界訳の「親切に迎える」。他の訳では「受け入れる」「歓迎する」など。

28節。新世界訳の「ユダヤ人の誤りを熱烈な態度で公にまた徹底的に証明し」。他の訳では「公然と、ユダヤ人たちを激しい語調で論破した」「公然と立証し、激しい語調でユダヤ人たちを説き伏せた」「公にユダヤ人を積極的に論破し」など。
他の訳だと、アポロの雄弁さが伝わってくる。新世界訳だと、アポロがまるでエホバの証人みたいだw。

アポロのコリントでの活躍は、会衆にアポロ派が出来るほどだった(コリ①1:12,3:4~6)。