駒澤大学「情報言語学研究室」

URL https://www.komazawa-u.ac.jp/~hagi/

ゆ【湯】

2022-11-04 13:47:02 | 古辞書研究

源順編『倭名類聚抄』及び、江戸時代の狩谷棭齋『倭名類聚抄箋註』を基本にして、水土類第三の「ゆ【温泉】」について、その語注解を丹念に稽査した報告書とした。

発表予定は今のところ、定めていないが、この内容を元に発表が許されるのであれば、その調査経過とその実態報告とを用意していきたい。
源順がどのように介在したかは容易に結論は出しにくいものの、『冝都山川記』を『冥都山川記』と書写した本『和名抄』書写本は十巻本と廿卷本に跨がっていて、此を正しく記載した資料も十巻本系の眞福寺本、天文本と纔かに過ぎないことも見えて来た。
 そのなかで、語研究により、「石硫黄」と「石流黄」の文字表記に近づき、「石」字を刪った表記の過程が明らかになった。実に、此のことばの筋立てを学ぶことで、棭齋自身が数多くの漢籍資料を目前に置き、その数多なる参考資料にこれまた、多くの備忘書込みを絶えず行ってきていることも明らかとなってきている。その多くは、一度は一研究者の執念とでも云おうものか、彼の手によって集められて研究の緒にあった筈だったのが、今はまとめて見ることすらできずになってしまっている。彼の遺族が支え置く資産運用が続かず、そして門人を持たなかったための継続性が稍薄れて、別の研究者たちが選び取った重要な部分を遺したとも見てとれよう。棭齋自身の書込み資料の全公開がやはり、今後の狩谷棭齋傳の研究そして、この『倭名類聚抄箋註』が此の将来に向かってどのように活かされるべきかものか、当に東アジア漢字文化圏にあって、和漢標記語における一文毎の知恵の宝蔵庫としても重要であり、博覧強記とも言える資料引用術を知ることが急務となろう。そのために、源順『倭名類聚抄』がこれまた那波道円刊刷り本として世に流布し、これを基軸に江戸時代の契沖『倭名類聚抄』書入れ他、本居宣長『古事記伝』他随筆集など、そして狩谷棭齋『倭名類聚抄箋註』の記述を先ずは丹念に読み解くことがこれまた不可欠となることは云うまでもない。萩原義雄識

 

たきぎ【薪】

2022-11-04 13:07:49 | 古辞書研究

2022/11/03 更新

 たきぎ【薪】

萩原義雄識

 源順編『倭名類聚抄』に
 廿卷本『倭名類聚抄』
    6887(タキヽ) 纂要云火木曰薪[音新和名多岐々]〔巻十二・燈火部第19燈火具第157・13丁表2行目〕
 十卷本『倭名類聚抄』 
    1217(タキヽ) 纂要云火木曰薪[音新  多歧〻]〔卷四・燈火部・灯火類〕
    ※両系統の相異箇所は「和名」の語を補入するか削除するかの僅かな異なりのみとなっている。
    【訓み下し】
     『纂要』に云はく、「火木」を「〈音は新、[和名]多岐ゝ(たきき)〉」と曰ふといふ。

 此を承けて、
 三巻本『色葉字類抄』他部〔前田本欠、黒川本所載〕
    (シン) タキ〻  樵 同  〔中卷雑物門五オ8〕
    ※黒川本には、差声点が未記載のため、当該語が『字類抄』に収載されていたことのみを知るに止まる。

 観智院本『類聚名義抄』
    音新[上] タキヽ  𣃄  俗 〔僧上三五1〕
    ※【𣃄】は「薪」字の「意符書換字」。
とし、和訓「タキヽ」で第三拍の差声点は未記載とする。


     小学館『日国』第二版にあっては、見出し語を現代のよみで「たきぎ」を示し、表記漢字は、単漢字「薪」と複合熟字「焚木」の二種をあげ、意味㈠の用例を『日本書紀』応神三一年八月(北野本訓)を初出例にして、『正倉院文書』、十卷本『倭名類聚抄』、『色葉字類抄』をすべて「たきき」と清音表記で挙げ、鎌倉時代の軍記物語『平家物語』卷六・紅葉で「薪(タキギ)」と意味㈣「たきぎ(薪)の行道(ぎょうどう)」に同じ。」の用例『梁塵秘抄』〔一一七九(治承三)年頃〕卷二・二句神歌の濁音用例を示す。そして当該語における第三拍「き」清音から「ぎ」濁音への変遷経緯については【語誌】としての記載はない。なので、上記語用例を鑑みて、院政時代の今様『梁塵秘抄』〔一一七九(治承三)年頃〕には濁音化が検証確認されるということになろうか。
  茲で、小学館『日国』第二版に於ける所載用例『和名抄』と『色葉字類抄』との狹間に位置する当該語「たきき【薪】」字の語用例を再検証しておくことも重要となるので稽査しておく。
 『古今和歌集』〔嘉禄二年写本・冷泉家時雨亭叢書2・一九九四(平成六)年十二月刊、朝日新聞社刊)〕仮名序に、

    大伴黒主はその様卑し、いはば負へる山人の花の蔭に休めるがごとし。〈思ひ出て恋しき時は初雁の鳴きて渡ると人は知らずや。鏡山いざ立ち寄りて見て行かむ年経ぬる身は老いやしぬると〉。

    此の同じ箇所を『古今和歌集真字解』〔明和壬辰刊、舊小汀文庫、渡邊千秋情觀舊蔵の架蔵本〕では、
    大友(オホトモ)(ノ)黑主(クロヌシ)(ハ)其姿(ソノサマ)(イヤシ)(イハヽ)樵木(タキヽ)(オヘル)山人(ヤマヒト)(ノ)花陰(ハナカケ)(ニ)(ヤスメル)(カ)如志(コトシ)

としていて、「たきヽ」の標記字を「椎[樵]木」と記載する。此の標記字は、『色葉字類抄』の下位標記語に通じる。

  室町時代の広本(=文明本)『節用集』に、
    ○(タキヾ)[平軽]シン〔た部草木門三三三頁1〕
とし、第三拍の踊り字は「ヾ」とし、濁音化表記としている。

 《補助資料》
小学館『日本国語大辞典』第二版
たき-ぎ【薪・焚木】〔名〕(1)かまど、炉などに燃料としてたく細い枝や割木。たきもの。まき。*日本書紀〔七二〇(養老四)〕応神三一年八月(北野本訓)「有司(つかさつかさ)に令(のりこと)して、其(その)船(ふねの)材(き)を取(とて)薪(タキキ)と為(す)、塩(しほ)を焼(や)かしむ」*正倉院文書-天平一一年〔七三九〕八月二四日・〔写経司解〕(寧楽遺文)「廿六荷 価銭二百卅四文 荷別九文」*十巻本和名類聚抄〔九三四(承平四)頃〕四「 纂要云火木曰薪〈音新 多歧々〉」*色葉字類抄〔一一七七(治承元)~八一〕「薪 タキキ」*高野本平家物語〔一三C前〕六・紅葉「ちれる木葉をかきあつめて、〈略〉酒あたためてたべける薪(タキギ)にこそしてんげれ」(2)「たきぎのう(薪能)」の略。*申楽談儀〔一四三〇(永享二)〕薪の神事「たきぎの御神事は、昔は時節定まらず」*わらんべ草〔一六六〇(万治三)〕一「昔名人八郎殿、にて、小がうをめされんとて」*浮世草子・男色大鑑〔一六八七(貞享四)〕二・三「三之丞不思議なる事かなと、先二親に目見えして、薪(タキキ)見物いたし、只今罷帰ると申捨て」(3)仏の教え。*性霊集-一〇〔一〇七九(承暦三)〕故贈僧正勤操大徳影讚「爰有レ一伝二薪者一。法諱勤操。俗姓秦氏」(4)「たきぎ(薪)の行道(ぎょうどう)」に同じ。*梁塵秘抄〔一一七九(治承三)頃〕二・二句神歌「法華経のたきぎの上に降る雪は、摩訶曼陀羅の花とこそ見れ」【方言】(1)燃料。《たきぎ》三重県志摩郡585(2)(太い木を割った薪を「わるき」というのに対して)枝の部分を薪としたもの。《たきぎ》香川県829(3)炭火焼きに用いるたきつけの木。《たあぎ》島根県益田市725【発音】タキギ〈なまり〉タギー・タギニ・タギヌ・タジギ〔岩手〕タクン・タグン・タッゲン・タッムン・タッモン〔鹿児島方言〕タケゲ〔石川〕タケギ〔石川・佐賀・長崎〕〈標ア〉[0]〈ア史〉平安●●●か、室町来●●●〈京ア〉[0]【上代特殊仮名遣い】タキ(※青色は甲類に属し、赤色は乙類に属する。)【辞書】和名・色葉・名義・和玉・文明・明応・天正・饅頭・易林・日葡・書言・ヘボン・言海【表記】【薪】和名・色葉・名義・和玉・文明・明応・天正・饅頭・易林・書言・言海【樵】色葉【燼】名義【𧂐】和玉【焼木】書言【薪木】ヘボン