アトリエからふとホテルの入口を見ると『インターナショナル・セトゥーバル・タトゥー・ショー』という横断幕が掛けられているのが見えた。
ホテルの催し会場入り口の横断幕
最近、このホテルではいろんな催し物に会場が貸し出されているようで、結婚式もあれば定期的に『ヨガ大会』なども行われている。その時はサリー風の衣装を纏った軽装の男女が折りたたみマットの様なもの持参で大勢集まってくる。かと思えば新車の発表会や銀行や保険会社の説明会などもある。選挙が近づけば政党の演説会も行われている様だ。たいていが看板か横断幕や幟が取り付けられるのですぐに判る。
勿論、ホテルとして宿泊客を受け入れるのが本業なのだが、運動選手や自転車競技の人たちが団体で泊まっていたりすることもある。有名なサッカーチームが宿泊している時はホテルの前にはサポーターや報道陣が詰めかけていたこともあった。
僕たちが引っ越して来た当初、ホテルは未だ工事中であったが暫くしてホテルの開業へとなった。
開業した当初は5つ星ホテルであった。ペドロの画廊からの依頼で僕も個展を催したこともあった。生涯で一番近い個展会場になった。その後、経営者が変わったのか、名称も少し変わって今は4つ星ホテルになっていて、スペインなどからの団体客も多く宿泊している様だ。そんな時は狭い住宅地の道路に大型観光バスが無理やりの如く入ってくる。
宿泊客ではなくて上記の様なイヴェントの時は自家用車がひっきりなしに入ってくる。セトゥーバル周辺だけではなくリスボンあたりからもやってくる様だ。我が家の前の路上駐車スペースはたちまち満車になってしまう。ホテルにも専用駐車場はあるが、とても賄いきれない。ホテルの前までやってきた車は狭いところでUターンして少し引き返し何処かしら路上駐車スペースを確保して歩いてホテルまで戻ってくる。
乳母車を押してタトゥーショーに参加の人たち
タトゥーショーでは腕や脛に目いっぱいに入れ墨をした男女が歩いて戻ってくる。驚いたのは子供連れや乳母車を押した人たちまでもが多数居たことだ。
やはり腕と脛に入れ墨をした、如何にもプロレスラーの様ながっしりした体格の男がホテルの入り口のところで交通整理をしていた。「もう中は一杯だからどこか下の路上に止めて来てください。」などと説明している様だ。
交通整理のタトゥースタッフ
尤も入れ墨は入れ墨とは言わないでタトゥーという代物だ。流行なのか、おしゃれのつもりなのだろうか?現代のロック歌手などの多くが入れ墨をしているし、かつてサッカー、イングランドチームのベッカム選手が首筋や腕にタトゥーをしていた。その後もサッカー選手でタトゥーをしている選手は多い。ポルトガル代表で人気のあるクァレスマ選手などは腕や脛だけではなく顔までにもタトゥーがある。
日本のサッカー選手ではタトゥーといえども入れ墨は入れ墨でやはりやくざのものであるというイメージはぬぐい切れないからかあまりいないのだと思う。
北野武が面白いイラストを描いたのを見たことがある。入れ墨のヤクザが背中を見せて勢ぞろいしているイラストだが、なかなか面白いと思った。
日本の温泉などでは『入れ墨はお断り』の張り紙があったりする。少し前になるが、橋下徹が大阪市長をしている時であったと思うが、大阪市役所の職員が子供に入れ墨を見せて凄んだという事件があって、橋下市長は職員に対して入れ墨のある職員は申し出ること。そして移動をさせた。などという騒ぎがあった。
ホテルの入り口で受け付け
ホテルの『タトゥーショー』は3日間も続いた。次から次に人が押しかけて来た。音楽ショーなども催された様で、何とも賑やかな3日間であった。
3日目の日曜日に僕はたまたまクルマの掃除をしていた。僕のクルマは部屋の真下、ドン詰まりのスペースで、もし空けていたとしても他所からの人は止めにくい場所だ。そこは1階のマリアさんの寝室の真ん前である。僕が掃除を始めるとマリアさんが窓から顔を出して「この3日間はとても騒々しかったわね~。腕や脛にタトゥーをした人が大勢で、いや~ね~。でもきょうは最終日であと少しの辛抱ね。」と僕に言った。ポルトガル人にとってもお洒落とは感じなくて、やはり嫌な人はいるのだ。
でも露店市などを歩いているとタトゥーをした人が実に多いのに気づく。老若男女、「こんな人までも~」と驚く。花柄や人物の顔、タトゥー独特の模様などワンポイントを入れている人も居るが、意味が判っているのであろうか?漢字なども多い。『愛』『和』『福』などは分かるが意味不明の漢字などもある。
惜しくも亡くなってしまった名優ロビン・ウイリアムスの映画の中で、女性が「腰に素敵な漢字のタトゥーを入れて来たわよ」と言い、それを見せられたロビン・ウイリアムスは「素敵だね」とは言わないで「それはソイ・ソースと言う意味だ」というセリフがあった。女性は訳も判らず『醤油』という漢字を腰に彫り込んだのだった。その後、随分と気にしていた様だ。
ロバート・レッドフォードの映画の中で囚人たちが刑務所の中でお互いに入れ墨をしあっているシーンがあった。機械も何もない、いわゆる手彫りであるが、入れ墨とは殆ど道具もなしに出来る原始的なものに違いない。でも危険なものだ。
警察官までもが出てタトゥーショーの監視?
そう言えば以前に画廊のペドロとイルカウオッチングの船に乗ったことがある。イルカウオッチングの船を経営しているのもペドロ夫妻だ。今では50人も乗れる様な大型の船を持って経営しているがその頃は10人乗りのゴムボートであった。乗ったのは画廊のペドロ夫妻、そして僕たち夫婦、それにイルカウオッチングのペドロ夫妻の6人であった。湾の中ほどまでゴムボートが出たときに画廊のペドロが突然ティシャツを脱いで皆に背中を見せた。そこには大きくイルカのタトゥーが描かれていた。イルカウオッチングの船の上でイルカのタトゥーとは思わず僕は手を打ちかけたが、イルカウオッチングのペドロ夫妻は顔をしかめていた。そして僕たちに「嫌だね~。」と目配せをした。イルカが見たら果たしてどう思ったのだろう。
最近、アメリカ人がタトゥーを入れてその傷が癒えないまま、海水浴をし、ビブリオ菌に侵され死亡した、というニュースを聞いた。
タトゥーというのも一時の流行なのかも知れないが、その流行が終わった時、飽きたからと言ってタトゥーは消すことは難しい。大変な手術を伴う。
かつてナチがユダヤ人に対してその認識番号を入れ墨したという。僕も1970年代の旅のころにはそういう人を何人か見かけたものだった。
入れ墨の歴史は古く日本でも魏志倭人伝の時代の男には皆に入れ墨が施されていたという。
現存する人類最古の絵画芸術は炭と赤土で描かれたアルタミラ洞窟の絵だとされているが、恐らく旧石器時代、人類が火を使い始めたと同時に身体に施した入れ墨はあったのだろうと推測される。動物とは違い体毛の少ない人類が森で茨などに依って傷を負った傷跡を消し炭で消毒をする。そうすれば入れ墨となる。
現代のタトゥーは急激に進みすぎた現代社会に対する古代回帰の様にも思える。
現代人は身体にまで手を加えて個性を象徴しなくても、服装や何やらで充分発揮できるのに、と古い人間の僕などは思う。身体はニュートラルなままで居たい。それでなくても心の傷は絶えない時代だから。
紛争や貧富の拡大など問題点が多数あるとは言え、現代人は面白い時代を生きているのだと思う。
サッカー選手でもタトゥーをしない選手も大勢いる。ポルトガル代表のクリスティアーノ・ロナウドもその一人だ。彼は定期的に献血を行っているので、タトゥーはしていないという話だ。
ホテルでタトゥーショーが行われようが僕には関係のない話だが、ホテルとしてはもっと駐車スペースを確保するとか、公共交通機関の利用を呼び掛けるなどの対策をしてもらいたいものだ。でもセトゥーバルの市バスにタトゥーを施した人たちが大勢乗り込んできたら住民や運転手はぞっとするに違いない。
そしてきょうは同じホテルの入口付近で本物のパトカーも参加してのテレビドラマの撮影である。最近はポルトガルのテレビドラマは観ていないのでどんなドラマなのかは判らない。VIT
テレビドラマの撮影風景
テレビドラマ撮影スタッフたちには幸いにもタトゥーは見られなかった。