基礎がしっかりしている古民家を改築し、そこを新たなる根城に構えた牧野邸で、つくしの退院祝いが行われた。
「「「牧野、退院おめでとう」」」
「ありがとう、みんな」
「よく頑張ったな」
「うん。色々とありがとう」
「おかーさん、おかえりなさい」
「ただいま、修平」
類に無茶ぶりされたあきらと司も無事、夕方に合流し、主役であるつくしや修平、そして総二郎と共に祝い膳を囲む事が出来た。
祝い膳と言っても退院したばかりのつくしが拵(こしら)えたものではなく、気遣いと気苦労の人、あきらが前もって仕出し料理屋に連絡し、牧野家まで祝い膳を配達するよう手配したものである。
「仕出し料理を手配してくれてありがとう。F4の中で一番、大人で気配り上手な美作さんだけあるね」
「よせやい。誉めたって何も出ねぇぞ?」
「何だぁ~。誉めて損した」
「「あはははは」」
顔を見合わせ、楽しそうに笑声を上げるあきらとつくしの姿を目にした総二郎は、思わず涙ぐみそうになるのをグッと堪えた。
今でこそ元気に笑ってはいるが、術後に服用した薬が体に合わず、つくしは副作用でかなり苦しんだ。
嘔吐を繰り返し、食欲は減退し、気力も衰えてくる。
傍で付き添う総二郎も、思わず弱音を吐きたくなるほどだった。
そんなつくしの姿を間近で見てきただけに、今こうして元気に笑っている姿を目にするだけで感慨深いものがあるのだ。
そんな総二郎の心情を知ってか知らずか、マイペース王子である類が、あきらとつくしの間に割って入ってきた。
「調子はどう?まだ体力戻ってないんだから、あんまり無理するなよ。こういう時こそ、総二郎をこき使わなきゃ」
「心配してくれてありがとう。かなり体力も戻ってきたから大丈夫」
「そうは言っても牧野は弱音を吐かないし、頑張りすぎるきらいがあるから心配だよ」
「本当に大丈夫だから。心配し過ぎだよ、花沢類」
「牧野に関してのみは・・・ね。それよりもいい!?無理だけは絶対しないで。役に立つかは不明だけど、何かあったら総二郎に全てを押しつけるんだよ?それでも不安なら、俺を頼ってくれていいからね」
「・・・おい」
色々と突っ込みどころは満載だが、何処から何をどう突っ込んでいいのか分からない。
いや、正確に言うと、突っ込む気力が喪失している。
類に何を言ったとて所詮、糠に釘、暖簾に腕押し状態なのだ。
だから総二郎は、類に対する文句を口にせず我慢して呑み込み、愛する妻と息子、そして友人達の会話する姿を、微笑を浮かべながら見守っていた。
そして、そんな和気藹々とした楽しい時間はあっという間に過ぎていき、修平の就寝時間がやってきた。
「修平をお風呂に入れてから、寝かしつけてくるわね」
「もうそんな時間か。じゃあ、お前も修平と一緒に風呂入って寝ちゃえよ。退院したばっかで疲れてるだろ。無理すんな」
「でも、それじゃあ集まってくれたみんなに申し訳ないし・・・」
「コイツらは勝手に来たんだから気を遣う必要ねぇよ。心配しなくても俺がちゃんと面倒みとくから。お前は気にせず修平と寝てくれ」
「う、うん、分かった。四人で集まるのも久々だものね。積る話もあるだろうし、遠慮なく先に休ませてもらうね」
「ああ。コッチの事は気にせずゆっくり休んでくれ」
「ありがとう。じゃ、お言葉に甘えてそうする。美作さん、花沢類、道明寺、お先に失礼するね」
「「「おやすみ」」」
「ミーマ、類クン、ジー、おやすみなさい」
「「おやすみ、修平」」
「おいコラ、ちょっと待て!修平、何で俺がジーなんだ!それじゃまるで、俺様がジジィみたいじゃねーか」
納得いかんとばかりに目くじらを立て抗議する司だが、本気で怒っている訳ではない。
もし本気で怒っているのならば、口より先に手足が出るはずだ。
それが分かっているからこそ、総二郎やあきら、類はニヤニヤしながら傍観しているのだ。
ただ一人、司に対し容赦なく手足を出すつくしだけは、まともに受け取ったようだが。
「ちょっと道明寺!子供相手に何ムキになってんのよ。大人げない。別にジーだろうがジジィだろうが、どっちでもいいでしょーが!」
「どっちでもいい訳ねぇだろーが!類はクン付け、あきらはミーマ呼び、だったら俺はツカでいいだろーが。ああ!?」
「仕方ないじゃない。私がアンタを道明寺って呼んでるんだから」
「ああ!?」
「私の言い方を修平が真似してるんだから、仕方ないって言ってんの」
「ンだと!?」
「美作さんって言いにくいでしょ?修平的には。だから修平は修平なりに考えて、美作さんをミーマ、花沢類は名前が言いやすいから類クン、で、道明寺は『どーみょーじ』って言いにくいから、最後の『じ』を取ってジーって呼ぶようにしたんじゃない」
「ぐっ!いや、しかしだな───」
「まさかアンタ、修平からツカって呼ばれたいが為に、私に名前で呼べって言うつもりじゃないでしょうね!?冗談でしょ!そんなの、彼女にでも呼んでもらいなさいよ。私はアンタの嫁でも彼女でもないんだから。私にとって、道明寺は道明寺でしかないの!」
それ以上でも以下でもない。
その事をよ~っく覚えておきな。
おととい来やがれ、スカポンタン。
と、江戸っ子ヨロシク啖呵をきったつくしは、戸惑いの色をみせる修平を抱っこしながら、居間を出て風呂場へと向かった。
そんなつくしの背を言葉もなく見つめていた四人だったが、風呂場の扉の閉まる音が聞こえてきたと同時に、司以外の連中が腹を抱えて笑い始めた。
「くくくっ!さすが牧野、泣く子も黙る道明寺財閥の次期総帥を見事に黙らせたな。学生時代を思い出すぜ」
「ぐうの音も出なかったね、司。世界広しと言えど、司相手にそんな事が出来るのは牧野と司の姉チャンくらいでしょ」
「天下無敵の嫁を持つ俺は果報者だ。これからは、司が何かやらかしたらアイツに言おう。そうすれば、司も大人しくなるだろ。ま、あの言葉遣いは子供の教育上、宜しくはないけどな。そこだけは注意しとくか」
「「確かに」」
「って事で司、今後は自分の言動に責任を持てよ!?理不尽な事をしてみろ。俺の嫁である牧野つくしの鉄拳を、何発か喰らう羽目になるぜ?」
「ウッセー!この俺様をバカにしやがって!てめぇらいい加減に────」
『道明寺ウルサイ!風呂場にまでアンタの声が聞こえてくるわよ!静かにしなさい!』
『お、お母さんの方がウルサイんじゃ・・・』
風呂場から聞こえるつくしと修平の声を耳にした三人は、憮然とした表情をのぞかせる司を横目に、またも腹を抱えながら豪快な笑声を上げた。
そんな四人の更(ふ)け行く夜は、まだまだ続くのであった。