「牧野にしては、随分と大胆な発言をしたもんだ。私を抱いてくれ~って総二郎に懇願するとはな」
「ちょ、ちょっと!」
「今更、恥ずかしがるなって。事実だろ?」
「ぐぬぬぬぅ」
「言われた総二郎も、余裕がなかったんだな。普段のアイツなら、絶対にからかってるぜ?『つくしチャンってば積極的なのね』ってな」
それだけ二人とも、追い詰められてたって事か。ま、何はともあれヨカッタじゃん。
お互い、腹の内が読めたんだから。
これで益々、夫婦の絆が深まるな。
めでたい事じゃないのと言いながら、優雅に紅茶を飲む男を、つくしは膨れっ面をしながらじっと見つめた。
「図星だったからフテくされてんのか?」
「そうじゃないけど・・・何だかなぁ~」
「ん?」
「何でペラペラ話しちゃったんだろ。そこまで詳しく話すつもりなかったのに」
「何でだろうなぁ」
「う~ん。多分、雰囲気って言うか空気感?上手く言えないけど、美作さんの持つ独特のオーラにやられちゃったのかも。だって美作さんってさ、妙な安心感があるんだよねぇ。話し易いんだ」
「聞き上手って事か?」
「あ~そうかも。何でも受け止めてくれそうだもん。そういうのを『器がデカイ』って言うんだろうなぁ」
「それはそれは。けどな、そんなに誉めても何も出ないぞ?」
「ちぇっ!誉めて損した~」
「「アハハハハ」」
顔を見合わせ楽しそうに笑い合う二人の姿は、どこからどう見ても彼氏彼女の関係だ。
お互いがお互いに寄せる空気感が、とても穏やかでほのぼのとしている。
見ているこちら側が微笑ましくなるほどに。
しかし、幸か不幸かこの二人の間には、恋愛に発展する「何か」が足りない。
だから、友達以上恋人未満といった関係性が続いているのだ。
それは類ともまた、ひと味違った関係性とも言える。
「で?結局、子作りすんのか?」
「露骨な言い方しないでよ」
「だって事実だろ」
「ぐっ!」
「総二郎とちゃんと話し合ったんだろ?まだ結論は出てないのか?」
「ひとまずは・・・ね」
ここで言葉を一旦切ったつくしは、レモンスカッシュを一口飲んで気分転換してから、子作りについての見解をあきらに話した。
「自分達だけで結論を出さず、まずはお医者さんと相談して決めようって話になったの。妊娠、出産に耐えられる体なのか、出産できたとして、産後の肥立ちはどうなのか、その辺りが判断できないからさ」
「まあ、それが妥当だろうな。妊娠中に何かあれば、中絶しないとなんねぇ場合もあるだろうし。最悪のパターンを想定して、総二郎や医者と話し合え。それからでも遅くはないだろ」
「うん」
「今は取り敢えず、体力を取り戻す事に専念しろ。まだ退院して日も浅いんだからさ。ま、体に負担のかからないセックスなら問題ないんじゃね?あんまり溜めすぎると体によくないぞ」
「セッ・・・!美作さん!」
「ぷっ!何年経ってもウブだねぇ、牧野は」
顔を真っ赤にしてプンスカ怒るつくしを、優しく包み込むかのような瞳で見つめていたあきらは、ふうっと軽く息を吐いたかと思うと、その目線を遠くに見えるビル群へと向けた。
その表情はどこか淋しげで、何かを悟り諦めたかのようで、それでいて新しい一歩を踏み出そうとしている、そんな複雑な感情が入り交じっているように見える。
それは、母性本能をくすぐるには充分で、憂いを帯びたあきらの表情を目にしたつくしの心は持っていかれ、つい「何か困った事があれは言って」などと手を握らんばかりに詰め寄った。
当の本人であるあきらは、そこまでの計算はしていなかった様だが、つくしからの折角の申し出なので、それはそれで便乗する事にした。
「今度さ、俺と最初で最後のデートしてくれないか?」
「・・・はっ?」
「心配しなくても、総二郎には事情を説明して了解を得る。ちゃんとその日のうちに家には帰すから、区切りをつける為にもデートして欲しい。頼む」
「その日って・・・デートって・・・区切り?どういう事?」
予想だにしなかった発言に加え、意味不明な言葉を羅列され困惑するつくしに、チラリと視線を向け苦笑いを浮かべたあきらは学生時代の、とある出来事を淡々とした口調で述べた。
「牧野は忘れてるだろうけど、夜の公園で偶然会って、肩並べてブランコに乗った事があったんだ。そん時、スゲェ落ち込んでてさ。そんな俺に『美作さんって月みたい』的な事をお前は言ったんだよ」
俺がいないとF4はバラバラだ。
誰かに頼られてるって凄い事だよね。
決して前には出てこないけど、アイツらの癒しみたいだってお前は言ってくれた。
それが今でも忘れられないと、当時を懐古しながらあきらは言葉を続けた。
「俺に合うのは牧野みたいな女だって直感的に思った。でも、その時は司がお前に惚れてたからな。だから、ブレーキをかけた。この想いが膨らまないようにって」
「・・・」
「その段階で、俺はダメだったんだよ。本当に好きなら、司に宣戦布告すればよかったんだ。正々堂々ぶつかればよかったんだ。だが俺は、お前が司と別れた後もブレーキをかけ続けた。司に悪いと思ってな。変な義理立てをしちまった。何も、遠慮する必要なんてなかったんだ」
「美作さん・・・」
「そんな俺を後目に、総二郎は周りに気取られずお前に想いをぶつけた。アイツの事だからきっと、告白した後どうするかも考えてたはずだ。牧野と付き合う以上、中途半端な真似はしない。牧野が自分を受け入れてくれたら絶対に手放さないし、将来を見据えて西門を捨てる覚悟を決めてたはずだ。現に総二郎は、跡を継がないと早々に宣言してたし、お前と生活する為の資金を貯めてた。けど、肝心なお前が姿を消した。西門を捨てる頃合いを見計らってた最中にな」
と、総二郎が教えてくれた。
お前と再会した後にな。
そう話すあきらの表情は、自嘲しているように見えた。
「所詮、俺の牧野に対する想いはブレーキかけられる程度のものだったって事だ。けどな、俺は俺なりに牧野を想ってる。この想いは本物だ。ただ、表現に差が出ただけだ」
「・・・」
「と、思うようにしてる。じゃなきゃ、惨めだろ?ま、そう思い込もうとしてる時点で、かなり惨めなんだけどな」
「美作さん・・・」
突然、告白まがいの言葉を浴びせられたつくしは、明らかに動揺し、目が泳いでいる。
そんな戸惑いの色を見せるつくしに、わざと明るい笑声を上げ、場の雰囲気を変えようとしたあきらは、冷めた紅茶が入ったティーカップに視線を落とすと、感情を抑えながら言葉の先を続けた。
「見合いが決まってさ、多分そのまま結婚する流れになる」
「えっ!?見合いに結婚!?」
「だから、自分の気持ちに区切りをつける為にも、お前とデートしたいんだ」
完全に俺のワガママだ。
そんな事は重々承知してるし、牧野を困らせるだけだって分かってる。
だけど、それでも我を通したい。
デートしたからと言って、どうにかなる
訳でもないし、どうにもならない。
でも、前に進む為には必要なんだと、あきらは常になく粘った。
「俺にとって、牧野は特別な女だ。きっと、死ぬまで忘れられないだろう。何せ、F4全員を陥落させるくらいの女だからな、牧野は」
「はぁ!?」
「間違いなく、お前はイイ女だよ。きっと、総二郎がお前をイイ女にさせてるんだろうな」
そう言いながらつくしを見つめるあきらの瞳は、ほんの少しだけ濡れ、微かに揺れていた。