十兵衛と信長と帰蝶を救いたいなと思って書きました。史実的にはむろん成り立ちません。(と書く必要もないのかな)
関ケ原の戦いが終わった慶長5年(1600)、11月のことである。駿府城の門前に、一人の僧が現れた。従者らしき女性を伴っている。老女らしいが肌の色に艶があり、身に着けた装束もどこかあでやかである。門番が誰何した。
「ご坊、なにか用でござるかな」
僧形の男は、懐から文を取り出し「天海僧正に呼ばれました」と短く言った。70にも見える老体だが、声に張りがある。文には確かに今日、この日に駿府城にてと書いてある。
「お名は」
「美濃、浄法寺の空信と申す。これにおるは妻の妙鴦」
「はあ、くうしん様とみょうおう様」
門番たちはいぶかった。天海僧正の客がこのように「ふらり」となんの先ぶれもなく現れるのは妙である。しかも妻女を連れている。
「調べまするゆえ、しばし番所で待たれよ」。僧と従者の女性は丁寧に頭を下げた。
しばし待っていると、城から背の低い男がやってきた。急ぎ駆けつけたのか、息を切らしている。
「上様お側衆の者でございます。天海僧正がお待ちです。こちらへ」
長い道を通って、本丸に至り、「樹の間」に通された。30畳ほどの広間で、襖には一面、天に伸びるごとき生命力にあふれた樹が描かれている。狩野派の筆であろうか。
すでに天海らしき高僧は茶を立てている。少し離れたところに空信と妙鴦は着座した。言葉はない。
やがて案内の小男が茶を運び、二人は黙って茶を服した。小男は黙って、天海の後ろに着座した。
天海が二人に向かって深く頭を下げた。
「無用のこと」と空信が言った。言葉にとげはない。
天海が口を開いた。
「信長殿、あの日、本能寺の炎の中で貴方を見つけた時、貴方はすでに虫の息でありました」
信長と呼ばれた僧が応じる。
「そして、私は京の古寺に運ばれ、お駒殿の介抱を受けました。後ろにおられる菊丸殿にもお世話になりました。一月後、やっとなんとか起き上がれるようになりましたが、その時、すでに明智十兵衛殿はこの世のお人ではなかった」
「そう、私は秀吉殿に敗れ、小栗栖の里で重傷を負った。死んでも良かった。死にたかった。しかし菊丸殿に助けられ、やがて家康様に庇護されました。その折にはすでに故太閤は信長殿の存在に気が付いていた」
「太閤は私のもとに現れました。ところが私は、何か憑き物が落ちたような心持で、、、もはや天下や政に興味がないと言った。太閤は疑っていましたが、半年もすると信じるようになりました。私は美濃の浄法寺に入って出家しました。帰蝶は俗体のまま、ついてきてくれました」
「信長殿のお子らは」
「信雄にとっても、信孝にとっても、私はただ怖いだけの男で、とても父親としての愛着を感じることはできなかったようです。それより織田の当主に自らがなりたかったらしい。死んだことにしておいてくれ、という私の願いを、拍子抜けするほどあっさりと受け入れてくれました。一人の男として自分を試してみたかったのでしょう。信孝は太閤に敗れ、死んだ。それも男の在り方でしょう。」
天海、十兵衛はここで深く頭を下げた。
「帰蝶様、信忠殿のこと、まことに申しわけない仕儀となりました」
ここで妙鴦、帰蝶が初めて口を開いた。
「何度も降伏をうながし、命は助けると十兵衛殿が申し送ったのに、信忠はそれを拒否して戦って死にました。残念ですが、見事な死でありました」
(それよりも、たま殿のこと)と思ったが帰蝶は何も言わなかった。十兵衛は言う。
「信忠殿は父と母を慕っておりましたな」
十兵衛がそう言うと、信長と帰蝶は遠くを見つめ、悲しげな顔になった。信長が言う。
「すべては20年も前の出来事、愛もまた執着、執着が人を不幸にするのです。どうです。あの信長も少しは悟りが開けたと思われますか」
十兵衛はくすりと笑った。
廊下にせわしない足音が響いた。やがて家康が入ってきた。天下人であるはずのこの男が、十兵衛の後ろ、菊丸の傍に座り、座るや頭を下げた。信長も帰蝶も頭を下げる。
口を開いたのは信長のほうであった。
「家康殿、秀信(三法師、信長の孫、関ケ原にて西軍に属し高野山に追放)のことならご挨拶は無用です。あれも男です。自ら選んだ道です」
「秀信殿はいずれ高野山から呼び戻すことでしょう。それにしても信長殿、帰蝶殿、お久しゅうございますな。」
「浄法寺にて、修行を始めたころ、京から妙鏡和尚が美濃に下り、わが師となってくれました。あれは太閤からの指図かと思いましたが、妙鏡和尚は死ぬ間際、家康殿の指示だと明かされました」
膳が運ばれてきた。侍女に交じって膳を運んできたのは、身なり涼しき、身分高くみえる女性である。帰蝶の横にちょこんと座って微笑んだ。
「お駒殿、久方ぶりです」これは帰蝶である。
「そうでもありません。この前美濃を訪れたのは一月ほど前でありましょう。帰蝶様、お薬は処方通りに飲んでいますか」
「ええ、夜になって目がかすむということなく、なんとか暮らしております」
「あれは食べ物のせいなのです。緑濃きお野菜をとれば、栄養が目に回って、自然とよくなりまする」
帰蝶は言う。
「お駒殿は半年に一度ほど、来るたびに、いろいろ話をしてくれますが、十兵衛殿のことは、何を聞いてもこの二十年、何も言ってくれませんでした」
駒は目を伏せた。
「明智十兵衛様のことは、すでに亡くなられた方ですから、その方の心を推し量って、私が口を開くのは」
十兵衛が口を開く。
「あの時、私は織田信長という男が憎くて仕方がなかった。帝も信長殿を疎んじておられた。戦っても戦っても敵が増えた。その後ろには義昭様がいた。義昭様と信長殿が和解する道はなかった。夢を見た。いやな夢を。命の樹を切る夢を。信長殿の命かと思うたら、今になれば自分の命であった。誠仁親王はかごの鳥だと思った。信長殿は朝廷をもないがしろにする非道の男だと思った。ところが、帝も親王も譲位を望んでおられた。本能寺の後、帝はすぐに譲位された。みんなが信長殿を恨んでいると思っていたが、そうではなかった。ただ一点、今でもわからぬのは徳川様接待の時、なぜ信長殿が私を足蹴にされたのか」
帰蝶はくすりと笑った。
「十兵衛殿、あれは嫉妬でありますよ」
「はあ、嫉妬。でも私は帰蝶様に懸想したことなぞ。若き日こそお慕いしておりましたが。」
「そうではありません。信長殿は光秀殿が大好きだったのです。ところが光秀殿の気の合う友は家康殿だった。仲良さげに話しておられた。信長殿はそれに嫉妬なさったのです」
これには光秀と家康は目を見張った。信長が言う。
「十兵衛殿、だから愛とは執着であり、人を不幸にすると言ったのです。私はあなたが大好きだった。自分にないすべての物を持っていた。誰にも慕われていた。私は何をしても嫌われた。もがけばもがくほど人は私を恐れ、そして嫌った。なぜだ、私が信長で、あなたが十兵衛光秀だからなのか。信長は何をやっても信長なのか。私はあなたにだけは認められたかった。あなたに褒めてほしかった。でもあなたは会うたびに苦言ばかり言った。次第にあなたが憎くなった。憎くて仕方なくなった。愛とは妄執です。」
十兵衛の目に初めて涙が浮かんだ。
「そうで、ありましたか。私もあなたが大好きだった。いや、自分とあなたは一心同体であると思っていた。本能寺を起こした折、己が天下なぞ取れぬことは九割がたわかっていた。左馬助も反対した。自殺行為だと言った。しかし私は消え去ってしまいたかった。あなたを殺すことで、自分を殺そうと思った。私も信長殿もお互いにお互いを誤解して。私は貴方を認めることができず、、、そんなことであったのですね。私が愚かだったために、あたら多くの命を死なせました」
信長の目に涙が浮かんだ。
菊丸が口を開いた。
「上様、今日は信長殿にお話があると聞いておりましたが」
「ああ、そうじゃな。どうであろうか。信長殿、もういいのではありませんか。織田秀信殿の領地、10万石程度であるが、岐阜城とともに差し上げたいと思うのだが」
信長は黙った。しばしして。
「あのお城は、道三殿が作ったお城は、この度の戦いでほぼ焼け落ちました。このまま廃城にしていただければ幸いです。あのお城は道三殿そのものでした。思えば、道三殿の妄念が、私と十兵衛殿を縛り、そして帰蝶を不幸にしました。もう道三殿も許してくださるでしょう。十兵衛、帰蝶、信長、よくやったと申してくれるはずです」
「道三殿、お会いしたことはありませんが、乱世そのもののお人であったのですな。分かりました。道三殿の妄念とともに岐阜城は必ず廃しましょう。しかし領地は、あっても困りますまい」
「無下に断るのも煩悩でありましょう。なら美濃の浄法寺の傍に、3000石ほどの領地をいただければ。帰蝶によいものでも食べさせてやりたい。死んだ者の供養もまだ足りないと思っています」
「わかりました。あとよろしければ、私のお側衆になってはいただけぬか。まだ天下は盤石ではない。今のあなたなら、心を合わせてやっていけそうな気がするのです」
「いやいや、政にかかわれば、私の中から、また昔の信長が現れ、みんなを食い尽くし、不幸にすると思いますな」
十兵衛が言う。
「いや、信長殿、今のあなたなら大丈夫です。今のあなたとなら、やれるかも知れません」
「やれるかも、、、でしょうか」
「いや必ずやれます。乱世は終わり、乱世の子であった織田信長も明智十兵衛も死にました。次の世を建設する時がきました。それは極めて難しい。でも昨日できなければ今日、今日できなければ明日、そうだ、明日を捜せばいいのです」
信長は言う。
「織田信長とは何だったのか。私もふと考える時があります。しかし信長は死に、もはや彼のような人間は必要ない時代となりました。ならば私も十兵衛殿を信じて、明日を捜してみることにいたしましょう。ところであなたは若い頃には帰蝶を慕っていたと、先ほどおっしゃったが本当ですか」
十兵衛は照れた。帰蝶のほほが桃色に染まった。そして信長は幸福そうに微笑んだ。
続く、、、かも。
関ケ原の戦いが終わった慶長5年(1600)、11月のことである。駿府城の門前に、一人の僧が現れた。従者らしき女性を伴っている。老女らしいが肌の色に艶があり、身に着けた装束もどこかあでやかである。門番が誰何した。
「ご坊、なにか用でござるかな」
僧形の男は、懐から文を取り出し「天海僧正に呼ばれました」と短く言った。70にも見える老体だが、声に張りがある。文には確かに今日、この日に駿府城にてと書いてある。
「お名は」
「美濃、浄法寺の空信と申す。これにおるは妻の妙鴦」
「はあ、くうしん様とみょうおう様」
門番たちはいぶかった。天海僧正の客がこのように「ふらり」となんの先ぶれもなく現れるのは妙である。しかも妻女を連れている。
「調べまするゆえ、しばし番所で待たれよ」。僧と従者の女性は丁寧に頭を下げた。
しばし待っていると、城から背の低い男がやってきた。急ぎ駆けつけたのか、息を切らしている。
「上様お側衆の者でございます。天海僧正がお待ちです。こちらへ」
長い道を通って、本丸に至り、「樹の間」に通された。30畳ほどの広間で、襖には一面、天に伸びるごとき生命力にあふれた樹が描かれている。狩野派の筆であろうか。
すでに天海らしき高僧は茶を立てている。少し離れたところに空信と妙鴦は着座した。言葉はない。
やがて案内の小男が茶を運び、二人は黙って茶を服した。小男は黙って、天海の後ろに着座した。
天海が二人に向かって深く頭を下げた。
「無用のこと」と空信が言った。言葉にとげはない。
天海が口を開いた。
「信長殿、あの日、本能寺の炎の中で貴方を見つけた時、貴方はすでに虫の息でありました」
信長と呼ばれた僧が応じる。
「そして、私は京の古寺に運ばれ、お駒殿の介抱を受けました。後ろにおられる菊丸殿にもお世話になりました。一月後、やっとなんとか起き上がれるようになりましたが、その時、すでに明智十兵衛殿はこの世のお人ではなかった」
「そう、私は秀吉殿に敗れ、小栗栖の里で重傷を負った。死んでも良かった。死にたかった。しかし菊丸殿に助けられ、やがて家康様に庇護されました。その折にはすでに故太閤は信長殿の存在に気が付いていた」
「太閤は私のもとに現れました。ところが私は、何か憑き物が落ちたような心持で、、、もはや天下や政に興味がないと言った。太閤は疑っていましたが、半年もすると信じるようになりました。私は美濃の浄法寺に入って出家しました。帰蝶は俗体のまま、ついてきてくれました」
「信長殿のお子らは」
「信雄にとっても、信孝にとっても、私はただ怖いだけの男で、とても父親としての愛着を感じることはできなかったようです。それより織田の当主に自らがなりたかったらしい。死んだことにしておいてくれ、という私の願いを、拍子抜けするほどあっさりと受け入れてくれました。一人の男として自分を試してみたかったのでしょう。信孝は太閤に敗れ、死んだ。それも男の在り方でしょう。」
天海、十兵衛はここで深く頭を下げた。
「帰蝶様、信忠殿のこと、まことに申しわけない仕儀となりました」
ここで妙鴦、帰蝶が初めて口を開いた。
「何度も降伏をうながし、命は助けると十兵衛殿が申し送ったのに、信忠はそれを拒否して戦って死にました。残念ですが、見事な死でありました」
(それよりも、たま殿のこと)と思ったが帰蝶は何も言わなかった。十兵衛は言う。
「信忠殿は父と母を慕っておりましたな」
十兵衛がそう言うと、信長と帰蝶は遠くを見つめ、悲しげな顔になった。信長が言う。
「すべては20年も前の出来事、愛もまた執着、執着が人を不幸にするのです。どうです。あの信長も少しは悟りが開けたと思われますか」
十兵衛はくすりと笑った。
廊下にせわしない足音が響いた。やがて家康が入ってきた。天下人であるはずのこの男が、十兵衛の後ろ、菊丸の傍に座り、座るや頭を下げた。信長も帰蝶も頭を下げる。
口を開いたのは信長のほうであった。
「家康殿、秀信(三法師、信長の孫、関ケ原にて西軍に属し高野山に追放)のことならご挨拶は無用です。あれも男です。自ら選んだ道です」
「秀信殿はいずれ高野山から呼び戻すことでしょう。それにしても信長殿、帰蝶殿、お久しゅうございますな。」
「浄法寺にて、修行を始めたころ、京から妙鏡和尚が美濃に下り、わが師となってくれました。あれは太閤からの指図かと思いましたが、妙鏡和尚は死ぬ間際、家康殿の指示だと明かされました」
膳が運ばれてきた。侍女に交じって膳を運んできたのは、身なり涼しき、身分高くみえる女性である。帰蝶の横にちょこんと座って微笑んだ。
「お駒殿、久方ぶりです」これは帰蝶である。
「そうでもありません。この前美濃を訪れたのは一月ほど前でありましょう。帰蝶様、お薬は処方通りに飲んでいますか」
「ええ、夜になって目がかすむということなく、なんとか暮らしております」
「あれは食べ物のせいなのです。緑濃きお野菜をとれば、栄養が目に回って、自然とよくなりまする」
帰蝶は言う。
「お駒殿は半年に一度ほど、来るたびに、いろいろ話をしてくれますが、十兵衛殿のことは、何を聞いてもこの二十年、何も言ってくれませんでした」
駒は目を伏せた。
「明智十兵衛様のことは、すでに亡くなられた方ですから、その方の心を推し量って、私が口を開くのは」
十兵衛が口を開く。
「あの時、私は織田信長という男が憎くて仕方がなかった。帝も信長殿を疎んじておられた。戦っても戦っても敵が増えた。その後ろには義昭様がいた。義昭様と信長殿が和解する道はなかった。夢を見た。いやな夢を。命の樹を切る夢を。信長殿の命かと思うたら、今になれば自分の命であった。誠仁親王はかごの鳥だと思った。信長殿は朝廷をもないがしろにする非道の男だと思った。ところが、帝も親王も譲位を望んでおられた。本能寺の後、帝はすぐに譲位された。みんなが信長殿を恨んでいると思っていたが、そうではなかった。ただ一点、今でもわからぬのは徳川様接待の時、なぜ信長殿が私を足蹴にされたのか」
帰蝶はくすりと笑った。
「十兵衛殿、あれは嫉妬でありますよ」
「はあ、嫉妬。でも私は帰蝶様に懸想したことなぞ。若き日こそお慕いしておりましたが。」
「そうではありません。信長殿は光秀殿が大好きだったのです。ところが光秀殿の気の合う友は家康殿だった。仲良さげに話しておられた。信長殿はそれに嫉妬なさったのです」
これには光秀と家康は目を見張った。信長が言う。
「十兵衛殿、だから愛とは執着であり、人を不幸にすると言ったのです。私はあなたが大好きだった。自分にないすべての物を持っていた。誰にも慕われていた。私は何をしても嫌われた。もがけばもがくほど人は私を恐れ、そして嫌った。なぜだ、私が信長で、あなたが十兵衛光秀だからなのか。信長は何をやっても信長なのか。私はあなたにだけは認められたかった。あなたに褒めてほしかった。でもあなたは会うたびに苦言ばかり言った。次第にあなたが憎くなった。憎くて仕方なくなった。愛とは妄執です。」
十兵衛の目に初めて涙が浮かんだ。
「そうで、ありましたか。私もあなたが大好きだった。いや、自分とあなたは一心同体であると思っていた。本能寺を起こした折、己が天下なぞ取れぬことは九割がたわかっていた。左馬助も反対した。自殺行為だと言った。しかし私は消え去ってしまいたかった。あなたを殺すことで、自分を殺そうと思った。私も信長殿もお互いにお互いを誤解して。私は貴方を認めることができず、、、そんなことであったのですね。私が愚かだったために、あたら多くの命を死なせました」
信長の目に涙が浮かんだ。
菊丸が口を開いた。
「上様、今日は信長殿にお話があると聞いておりましたが」
「ああ、そうじゃな。どうであろうか。信長殿、もういいのではありませんか。織田秀信殿の領地、10万石程度であるが、岐阜城とともに差し上げたいと思うのだが」
信長は黙った。しばしして。
「あのお城は、道三殿が作ったお城は、この度の戦いでほぼ焼け落ちました。このまま廃城にしていただければ幸いです。あのお城は道三殿そのものでした。思えば、道三殿の妄念が、私と十兵衛殿を縛り、そして帰蝶を不幸にしました。もう道三殿も許してくださるでしょう。十兵衛、帰蝶、信長、よくやったと申してくれるはずです」
「道三殿、お会いしたことはありませんが、乱世そのもののお人であったのですな。分かりました。道三殿の妄念とともに岐阜城は必ず廃しましょう。しかし領地は、あっても困りますまい」
「無下に断るのも煩悩でありましょう。なら美濃の浄法寺の傍に、3000石ほどの領地をいただければ。帰蝶によいものでも食べさせてやりたい。死んだ者の供養もまだ足りないと思っています」
「わかりました。あとよろしければ、私のお側衆になってはいただけぬか。まだ天下は盤石ではない。今のあなたなら、心を合わせてやっていけそうな気がするのです」
「いやいや、政にかかわれば、私の中から、また昔の信長が現れ、みんなを食い尽くし、不幸にすると思いますな」
十兵衛が言う。
「いや、信長殿、今のあなたなら大丈夫です。今のあなたとなら、やれるかも知れません」
「やれるかも、、、でしょうか」
「いや必ずやれます。乱世は終わり、乱世の子であった織田信長も明智十兵衛も死にました。次の世を建設する時がきました。それは極めて難しい。でも昨日できなければ今日、今日できなければ明日、そうだ、明日を捜せばいいのです」
信長は言う。
「織田信長とは何だったのか。私もふと考える時があります。しかし信長は死に、もはや彼のような人間は必要ない時代となりました。ならば私も十兵衛殿を信じて、明日を捜してみることにいたしましょう。ところであなたは若い頃には帰蝶を慕っていたと、先ほどおっしゃったが本当ですか」
十兵衛は照れた。帰蝶のほほが桃色に染まった。そして信長は幸福そうに微笑んだ。
続く、、、かも。
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