ウクライナ危機で暗躍する
米「CIA」英「M16」
機密工作の内容とは
理不尽かつ非道な殺戮行為で世界中から非難を浴びても、
厳しい経済制裁で国民が困窮に喘いでも、
プーチンは攻撃の手を緩めない。
しかし、狂気に駆られた“皇帝”は、
いま相次ぐ誤算によって窮地に立たされつつある。
その断末魔は世界に何をもたらすのか。
嵐の前の静けさとでも呼ぶべき、不気味な静寂に包まれていたウクライナの首都・キエフ。だが、停戦交渉が再開されるなか、ロシア軍の攻撃はここにきて激しさを増し始めた。
「3月8日に人道回廊が設置されて以降、キエフに対する攻撃は鳴りを潜めていました。しかし、13日の晩は、断続的に20分間ほどの激しい爆撃に見舞われ、夜半になると耳をつんざくような“ドーン!”という爆発音が鳴り響いた。その後、自宅から5キロほど離れた住宅街にミサイルが着弾したことを知りました」
無慈悲な爆撃は産院にも
キエフ在住15年の50代邦人男性の言葉からうかがい知れるのは“戦時下”の緊張感に他ならない。 「私の自宅はキエフ駅から徒歩7分ほどの距離にあるマンションで、すでに住民の半数以上は車で町を出ました。
ただ、平均月収が5万~6万円程度のウクライナでは車を所有しているのは金持ちだけ。残された住民の多くは老人や低所得層で、地下駐車場にマットレスを敷いて避難生活を送っています。ロシア軍の爆撃は無差別攻撃なので、いつ自分が巻き込まれるか分からない恐怖と常に隣り合わせです」
ロシアによるウクライナ侵攻開始から約1カ月が経つ。
10日間以上にわたってロシア軍の包囲攻撃に晒された南東部の都市・マリウポリは焦土と化した。無慈悲な爆撃は産院にも及び、搬送される臨月の妊婦の映像は世界中のメディアに取り上げられた。別の病院で帝王切開を試みるも死産。妊婦自身も爆撃で骨盤が押し潰され、股関節も外れた状態で、まもなく命を落としている。
これほどの惨劇がキエフでも繰り返されるのか。
追い詰められるプーチン
ロシアの安全保障に詳しい、東大先端科学技術研究センターの小泉悠専任講師はこう分析する。 「現在の戦況は膠着状態にあります。ロシア軍が圧倒的に優勢ではなく、ウクライナ軍が相当持ちこたえている。やはり開戦前のロシアが、根本的な想定を見誤ったのだと思います。
ウクライナ軍は装備や練度の面でロシア軍に劣り、ゼレンスキー政権の支持率は20%程度。バラバラの民族が寄り集まった弱小国家に過ぎないので、ロシア軍が侵攻すればすぐに崩壊するだろう、と。プーチンはそう考えていたはずです」
短期決戦を前提に、北部、東部、南部の3方向から一気に攻め込んだものの、 「全土に満遍なく攻撃を仕掛けて、満遍なく停滞しているわけです。15万人の地上兵力を投入しながら兵站(へいたん)や補給に苦しみ、ゲリラ攻撃に悩まされる。軍の運用は極めて杜撰(ずさん)に思えます。
ロシア軍がキエフとハリコフを落とすことは考えられますが、そこが攻勢限界で、さらなる軍事作戦を展開することは難しい。加えて、東側からキエフに迫るロシア軍の切り札“第1親衛戦車軍”の進撃が頓挫すれば、プーチンは完全に手詰まりになってしまう」
つまり、キエフ陥落を目前にしながら、
実は、攻勢をかける冷酷非道な“皇帝”
プーチンこそが追い詰められているというのだ。
粛清の原因
そんなウクライナの善戦を陰で支え、プーチンを苛立たせているのが米・CIAや英・MI6などの諜報機関だ。国際ジャーナリストの山田敏弘氏によれば、 「CIAなどはかなり以前からロシアの動向を把握しており、昨年12月にはワシントン・ポスト紙が情報機関の報告書の内容として、ロシアが17万5千人を動員したウクライナ侵攻を計画中と報じています。
その頃から、CIAやNSA(米国家安全保障局)と緊密な関係にあるサイバー軍をウクライナに派遣し、準備を進めていたとの情報もあり、実際にロシアは今回、サイバー戦でほとんど戦果を上げられていません。
さらに、今年2月3日には、ロシアが侵攻を正当化する目的で“偽旗作戦”を行う恐れがあると国防総省の報道官が発言。“嘆き悲しむ弔問客の俳優も用意している”と明かしました」
今月12日、ロシアの独立系メディアは、KGBの後継機関、FSB(連邦保安局)の対外諜報部門トップが、プーチンによって自宅軟禁させられていると報じた。 「チェチェン人の特殊部隊がゼレンスキー暗殺を試みたものの、FSB関係者からの情報漏洩によって失敗した。それが“粛清”の原因とも考えられます」(同)
情報獲得手段はハッキング
軍事ジャーナリストの黒井文太郎氏も、アメリカがロシアの中枢しか知り得ない軍事作戦の詳細を正確に把握していたことに驚かされたと語る。
「おそらくロシア軍やクレムリンの内部情報を入手している可能性が高い。ジェームズ・ボンドのようなスパイが活躍する時代ではないため、情報獲得の手段は多くがハッキングです。CIAやMI6はターゲットの情報を現地で収集して糸口を見出し、その人物が引っ掛かりそうなメッセージを送ってフィッシングする。それ以外に偵察衛星や通信傍受、早期警戒機で集めた軍事情報もウクライナに流しているはずです」
プーチン暗殺に向けた機密工作も進んでいるのか。 「アメリカがロシアと直接戦争しているわけではないので、実際にCIAが暗殺を企てているとは思えませんが、プーチンの居場所を必死に探っているのは事実でしょう。ただ、プーチンは大統領就任直後から暗殺を恐れており、その動向は常に謎に包まれています」(同)
ソ連と同じ運命
元時事通信モスクワ支局長で、拓殖大学海外事情研究所の名越健郎教授は次のように述べる。 「キエフを陥落させて親ロ派の傀儡政権を樹立しても、4千万人の国民を従え、養うことができるかは疑問です。
ゲリラ戦が続くことも考えられ、正規軍だけでは到底、対処できません。約40万人の国家親衛隊を投入するつもりでしょうが、プーチン自身も統治についての展望を持ち合わせていないように思います」
一方、ロシア国内に目を転じると、国際銀行間通信協会(SWIFT)から排除されてロシア国債はデフォルトの危機。経済破綻が目前に迫っている。
ロシア政治が専門の中村逸郎・筑波大学教授が指摘するには、 「プーチンにすれば、西側諸国の経済制裁が思いのほか厳しく、内心では気が狂わんばかりの状態ではないでしょうか。ソ連は1979年にアフガンへと侵攻しますが、戦争の長期化によって経済が疲弊。当時の指導者はその事実を隠蔽し続けたものの、91年にソ連は崩壊を迎えた。いまのロシアはソ連と同じ運命をたどりつつあるように見えます」
モスクワ市民が蜂起する可能性も
キエフへの総攻撃が始まり、女性や子どもが大虐殺されれば、これまで以上に厳しい制裁が科せられるのは間違いない。そこで予想されるシナリオとしては、 「生活が立ち行かなくなったモスクワ市民が一斉蜂起して、クレムリンになだれ込むことも考えられます。
バスティーユ監獄襲撃から始まったフランス革命のように、現在収監中の反体制派指導者・ナワリヌイを解放すれば、ゼレンスキーのようなリーダーになるかもしれません」(同)
一方、中村教授が最悪のシナリオとして挙げるのは、 「プーチンがウクライナではなく、バルト三国やポーランド、ブルガリア、ルーマニアなどに駐留する米軍やその基地を狙って核兵器を使用する展開です」
看過できないのはプーチンが揺さぶりに用いる“核”の存在だ。チェルノブイリ原発もすでにロシア軍に制圧されている。国際政治学や核軍縮を専門とする、一橋大学大学院法学研究科の秋山信将教授が言う。
「チェルノブイリ原発では86年に事故を起こした4号機はもちろん、1~3号機も廃炉となっています。すべての核燃料をプールに沈めてから十数年が経過しているため、メルトダウン(炉心溶融)する可能性は低いと思われます」
秋山教授が懸念するのは、むしろ、ロシア軍の砲撃を受け、
まもなく接収されたザポロジエ原発の存在だ。
「ザポロジエ原発の6基の原子炉はいずれも冷却が必要です。電源供給が途絶えて1基でもメルトダウンを起こせば、他の原子炉にも保安要員がアクセスできなくなり、全基のメルトダウンも有り得る。チェルノブイリ事故以上の甚大な被害が予想されます」
「限定的な核使用」の可能性
ウクライナは総発電量の5割を原発が占めるため、原発の制圧はロシアが電力コントロールを掌握することに等しい。すでに多くの都市で電気や水道が止まり、市民は氷点下の寒さに喘ぐ生活を余儀なくされている。
「国民生活への影響は甚大で戦意喪失にも繋がりえます。また、ロシアは原発やダムへの攻撃を禁じたジュネーブ諸条約・第1議定書を批准しているにもかかわらず、国際規範を破って原発を攻撃した。その行為は、プーチン大統領ならば核兵器の使用も躊躇しないのではないかとの疑念も生じさせます」(同)
先の小泉氏が続ける。 「ロシアの核抑止には、小規模な実力行使が含まれています。紛争がロシアにとって不都合な展開になりそうになったら限定的に核兵器を使用する、と。ウクライナの無人の場所や海上に1発だけ撃ち込んで戦意をくじくわけです。当然ながら、リスクを考えれば踏みとどまると思いますが、今回に限ってはプーチンが正気かどうか、確信が持てません」
世界の命運は、依然として追い詰められた“皇帝”の手に握られている。
「週刊新潮」2022年3月24日号 掲載
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