風の向くまま気の向くまま

気まぐれに愚直にいきましょう

自問自答

2005-12-09 00:25:18 | 私信
11月21日付けの「活字を読みたい衝動」の中で紹介した、養老孟司の「こまった人」、高村薫の「半眼吶吶」を読み終えて、両著に共通したのは「自問自答する」ということだった。
思うに、最近の風潮として自問自答しない結果引き起こされる言動や事件に頭にくることが増えたのは自分が年をとったということか?

SMAPの反戦歌「Triangle」が売れている。
著作権の関係上、詞を引用できないが、リバティの意味での自由を反戦の対価として見つめるとき、単に反戦だけを唱えるのは対岸の火事的無責任さを良しとしまっているように取れる。
テーマを広げすぎた結果、メッセージが希薄になった面白くもなんともない詞。
何故、彼らは辛辣な表情であの歌を歌っているのだろう?
滑稽に見えて仕方ないのだが。

フリーダムの自由を前面に出した前曲「世界に一つだけの花」では「もともと特別なOnly1」だそうだが僕はこれと同じ思想を持つ人達に後世を預けるわけにはいかない。
「自由」を手に入れるためには責任も義務もある。
当たり前である。
関係性の中で個々がOnly1を維持しようとしたらまともな社会は成立しない。
全く関係性を遮断できるのであれば話は別だが、そんなことはありえないことくらい小学生だってわかる。
Only1の国、アメリカのかざす「自由」がもたらしたイラク戦争をまさか賛美するんではあるまいに。
それでもOnly1でいいのか?日本はOnly1か?

「身勝手はいけません」って、僕は子供の頃から教えられて育ったし自分の中ではそんなの常識の部類だ。