貧困にあえぐ中国の町の裏通りにある薄暗い部屋で、冬虫夏草(とうちゅうかそう)を扱うある商人は、170万円相当の冬虫夏草が入った袋を手で丹念に調べながら、この商品が持つ価値がもたらした「災い」を嘆いている──。
チベット高原(Tibetan Plateau)にだけ分布する冬虫夏草(学名:コルディセプス・シネンシス)は菌類の一種で、宿主であるコウモリガの幼虫の体内で成長し、幼虫を死に至らせ、その頭部を突き破って生え出る。
しわだらけの黄色い芋虫の端に小枝が付いたような外見の冬虫夏草は、その信奉者にとっては「命の薬」。がんの治療薬や、「ヒマラヤのバイアグラ」とも呼ばれる媚薬の原料とされている。そして、地面に手とひざをつけてこれを集める人々にとっては、死を意味することさえある。
冬虫夏草は中国伝統薬の中でも特に効能のある薬とされ、重量当たりの価値は黄金にほぼ匹敵する。
「以前は需要がなかったが、皆が価値に気付いてから隣近所で争いが絶えない」。中国北西部・青海(Qinghai)省の奥深くにある町、同仁(Tongren)で、500グラムばかりの冬虫夏草を店に売ったザンデ・ゴンバさんは語った。
チベット語でレブコン(Rebkong)とも呼ばれる同仁では、採集人の間で冬虫夏草採集をめぐる対立が起こり、2人が死亡した。外国の人権団体がインターネット上に発表した写真には、山刀で武装した少なくとも1人の村人と、大勢の機動隊が写っている。
こうした事態に、亡命しているチベット仏教の最高指導者ダライ・ラマ(Dalai Lama)14世までもが、村人たちに冷静を呼び掛け、暴力は仏教の教えに反すると諭した。しかし、ダライ・ラマの写真の下でゴンバさんはこう述べた。「いいことでないのは分かっているが、これには生活がかかっている」
冬虫夏草を採集するのは主に貧しい農民たちだ。時に氷点下に達する極寒の中、世界で最も起伏の激しい部類の草原をくまなく這いつくばるようにして冬虫夏草を探す。この大変な作業を行うのはたいてい極貧の家庭の少年たちで、1個につき200~300円を稼げる。
消費者である中国の富裕層の手に届くころには値段はずっと上がり、裕福な晩さん会を飾る高級食材として、栄養価だけではなく、宴の主催者の社会的ステータスを高めるものでもある。主にスープで食されるが、野鳥などの詰め物料理にされることもある。
数多くの中国人は、医薬効果や媚薬効果を期待して食べる。同仁最大の取引高を誇る店「レブコン文化」を経営するヤン・メンシャンさんは「冬虫夏草を500グラムほど食べて、ほぼ完治した胃がんや乳がんの患者がいる。生殖能力に問題のあった男性たちは、冬虫夏草と一緒に鶏を煮たスープを週1回飲んで精がつき、性生活は豊かになり、子作りも問題なくなった」と語った。
科学的証明はないが、信奉者は後を絶たない。これまでに1200万円を冬虫夏草に投じてきたという浙江(Zhejiang)省の実業家シェン・トンさん(49)は、「冬虫夏草は腎臓に良い効果をもたらす中国の伝統薬」と説明する。毎日、5個の冬虫夏草を30分ほど煎じて飲んでいる茶の値段は1杯3200円。短期間では効き目はなく、最低3年以上は飲み続ける必要があるという。
「レブコン文化」のヤンさんは、冬虫夏草をめぐる暴力沙汰がもっと増えるのではないかと恐れている。「昔はどれだけ貴重なものなのか皆、気付いていなかったけれど、今はどれだけ高く売れるか知っている。自分の村に(冬虫夏草が)生える草原がなければ、隣の村にまで行く。私自身も争いになったことがありました」