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The Sword 第二話 (1)

2010-02-01 20:20:59 | The Sword(長編小説)
暫くして一道の声がやんだ時、そこにあったのは横たえた少年の姿であった。
「い、勢いでやってしまったが・・・コイツはだ、大丈夫なのか?」
和子を襲いかけた少年を一道は手から伸びた得体の知れない剣で斬ったのだが少しして冷静さを取り戻した一道は斬った少年の容態が気になった。薄暗かったが少年の目は開きっぱなしで口からはよだれを垂れ流し、小刻みに痙攣していた。さっきまで勢い良く体から放出していた霧状のものはちょろちょろと漏れて来る程度になっていた。
「これは・・・ヤバイな・・・」
素人目にもそれが明らかに危険な状態である事は分かった。先ほどの和子の時とは比較にならないほど危険であると分かって一道は動揺した。
『逃げるの!かずちゃん!』
一道の心の中にいる彼の母親の魂が彼にその意思を伝えた。
「逃げるって何でだ!お袋!俺がコイツをやったんだぞ!和子がやられそうになってカッとなってしまったからとしても斬ってしまった俺に責任がある!まずは救急車を」
『責任があるも何も、この力は世界中のどこにも認められてないものなの。だから、警察に言っても証明のしようがないのよ。和子ちゃんだって錯乱していて何も分からない状態だったじゃない?彼女からの話を聞いても期待できないわ』
「お袋!一体何を知っているっていうんだ?教えてくれよ!」
何もかもお見通しと言った母親に対して何を隠しているのか気になってしょうがなかった。
『逃げたら教えるわ!早くしないと警察が来るかもしれないわよ!だから早く!』
「逃げたら・・・教えてくれるのか?全てを・・・」
『私が知っている事の全てを話すわ。だから今は、怪しくないぐらいに歩いて帰るの』
「くぅ!」
一道は、母親に言われたとおり、歩いてその場を去った。

振り返る事はせず、ただ、黙々と一道の我が家である児童養護施設、青空の丘に向かう。その間、母親に尋ねた。
『お袋。教えてくれ!ここまで来れば十分だろう?あの剣みたいな物は一体何なんだ?見える見えないとか言っていたが・・・それに何故、お袋がそれを知っている?斬られたアイツはどうなるんだ?帯野もあのままで大丈夫なのか?後遺症なんか残るんじゃないのか?』
分からない事だらけである。ありとあらゆる疑問を発した。
『ダメ。まず帰って落ち着いてから話すわ。一遍に聞こうとしても私だって答えられないし、まだかずちゃんは動揺している。それでは、正しく理解できないから・・・それぐらい非科学的で不思議な事だから・・・』
『それでずっと引き伸ばすつもりじゃないのか?お袋?』
『私のいう事が信じられないの?』
『わ、分かった・・・』
ゆっくり歩いているうちに、さっきまでの出来事は本当の事だったのかと思えてきた。まだ30分も経っていない事だろう。夢の出来事かかなり過去の話だったのではないかと思えてきた。だが、その出来事がついさっきあった事だと証明するかのように両手が震えていた。一道は、施設に戻った。
「ただいま」
「遅かったのね。かずみっちゃん!どうしたの?今日はアルバイトが無い日だったんでしょ?」
お母さんと施設で呼ばれる院長先生から明るい声をかけられる。かずみっちゃんと態々呼びにくい名で呼ぶ院長である。こういう人が誰からも理想の母親だと思う子は多く、この人が母親ならいいのにと思う子ばかりである。
「ちょ・・・ちょっと友達と映画を見に行っていただけだよ」
「マジで!?」
奥の方から慶の甲高い声がした。どうやら、一道がどうなったのか気になって待っていたようである。
「そう?それじゃ、早くご飯を食べちゃいなさい。何かあったのなら遠慮せずに私に相談しなさいね。年齢や性別なんか関係ないよ。少しは楽になれるから・・・」
間違いなく一道に何か良くない事があったと見抜いているのだろう。そういう一面が怖いと感じるが、その微笑に逆に何でも相談できるものだ。底知れぬ優しさというべきだろうか?相談しろなんて言われたら誰だって普通は身構えてしまう所だろうが身構えようと思わない温もりがその微笑に感じられるのだ。この笑顔にどれだけの子供達が救われた事だろうか?やはりこのような職業が天職なのだろう。
「ありがとう。お母さん。気持ちだけもらっておくよ。本当にありがとう」
そう言って、台所に行くと冷めたご飯があった。基本的に、施設では全員一緒でのご飯だと決まっている。みんなで食べるとより美味しいと感じられるからだと言う話である。部活やアルバイトなど特別な理由が無い限り、遅れることは許されない。許すと言うよりも連絡などが無い場合、他の全員、食事にありつけないのだ。今日の朝に、遅くなるかもしれないと院長に言っておいたので皆、先に食べたのだろう。
食欲はなかった。しかし、あまり何も食べないなどと言うとそれでまた不審に思われるのだから食べるしかなかった。冷めた餃子を食べる。旨さは感じなかった。色々な事が起こり過ぎて頭の中が飽和状態にあった為だ。そして、食後、慶との共同部屋についてからノリノリの慶が聞いてきた。
「どうだったよ?いとしの帯野ちゃんとのデート。面白い展開はあったか?付き合うことになったと・・・か・・・何かあったのか?」
始めは興味津々と言った様子で話しかけてきたが一道の顔を見て表情が曇った。
「悪い。その話は今は遠慮してくれないか?後で必ず話すから・・・な?」
「ああ・・・分かった。気が向いたら早めに頼むぜ」
その表情を見て流石に聞けないと思ったのだろう。慶もアッサリと引いてくれた。ありがたいと思えると同時に申し訳なく思える。
「ああ・・・本当に悪いな」
「まぁな。だけどよ。本当に悪いと思うんだったら早めに言えよな。俺にちゃんと言え。言いにくかったら紙に書いたっていいからな。な?」
「ああ・・・ありがとな。慶。お前が優しくて助かる」
「おうおう!どう致しまして」
疲れた表情で、一道は風呂に向かって、温くなったお湯に浸かる。入浴時間や睡眠時間もきっちり決められているのだ。規則正しい行動。それがまっとうな人間の第一歩という事だと院長は言う。特に、施設に送られてくる子供達は普通の子供よりも心に大きな凹みや歪みを持った子供達ばかりである。それを正すのは決して容易な事ではない。それを基礎から矯正していく院長は立派である。体を洗い、風呂から上がり、歯を磨き、明日の用意をして布団をかぶった。
『もういいだろ?お袋・・・教えてくれよ・・・』
母親とのやり取りは心の中でのやり取りである。他の人が部屋にいたとしても音を立てないので気付かれる心配は無い。
『そうね。心が不安定な状態だからまだ早いと思うけど、教えなければならない事なのよね。話すわ・・・条件があるわ。私の話を何も聞き返すことなく全てを聞いて・・・それから質問があれば聞くから・・・』
一道の母親はゆっくり、優しい声音(正確には声ではなく感情そのものであるが)で一道に伝えた。それは衝撃的なことを伝える母からの最大の配慮であった。
『さっき少年や私が出した剣は魂そのものなの』
『魂そのもの?何だそれ?霊とかの魂?』
いきなり、魂などと言われれば困惑するのは当たり前であった。オカルト番組のような内容かと思えた。一道はそのような話を一切信じない男であった。
『かずちゃん。約束したでしょ?』
『あ・・・ごめん・・・』
次、同じような事になれば話をやめてしまうだろう。だから、次からはずっと話を聞いていた。
『魂はみんなが持っている。人間だけでは無くて動物や植物にもね。でも、それは普段は体の中に収まっていて外に出てくる事はないの。でも、心の激しさが爆発的に高まると手から魂が一部、体から出てくるの。それがさっきの剣のような形をした光なの。誰からも見えるようなものではなくて、一部の同じように心の激しさを経験した者のみに見えるもの。その光は剣のようなもので相手の魂だけを傷つける事が出来るの。あの少年は剣で斬られて魂が肉体から離れてしまったの。魂は血液のように全身に満たされているから・・・和子ちゃんは危なかった。かずちゃんがやらなければきっと・・・あの少年から剣で傷つけられた大量に魂を放出してしまった。だから私はそれを止めようと剣となって彼女の傷口を塞いであげたの。それによって和子ちゃんは助かったけれど、あなたの事は忘れてしまったみたい。忘れてしまったのではないわね。かずちゃんの記憶がそっくりそのまま飛んでしまったのだから・・・あの少年の方は・・・きっと死んでしまったでしょうね。死んだといっても魂が抜けただけで肉体の方は・・・』
その優しい語りかけはまさに子守唄のようで、魂の話は気になったが、久しぶりの穏やかな声を聞いたせいか睡魔が押し寄せ一道は途中で眠ってしまった。

武田 一道は物心付く前からこの施設にいた。ここが我が家であり、故郷であった。近所の普通の子供たちと遊ぶと両親がすぐ近くのを目にしていたが幼い一道には悲しくも寂しくは無かった。元々、温かい家庭で育てられたという記憶が無いと言うのもあるが一道には母親がいたからだ。二重人格に近いかもしれない。だが、一道の場合は、互いの精神が混じる事無く完全に独立して存在しており、話しかけると答えてくれて考えている事や思いが伝わって来るのだ。1つの体に2つの心が共存しているという所だ。それだけで母親がそばになくても母親の精神があるだけで十分、一道の心は満たされていたし、不安になる事無かった。いつだってそばにいるのだから・・・ただ、母親との約束でその事を他の誰にも教えていない。当時は他人に教えたりすると鶴の恩返しの鶴みたいにいなくなってしまうからと母親に言われていたからだが少しして、それを言うと他の人が一道の頭をおかしいと言うだろうし、仮に信じたとしたら施設にいる親無しの子達はそれを羨んだり妬んだりするからだろうと分かったのだ。一道は順調に育っていった。それから母親は小学校を上がったぐらいからあまり喋ってくれなくなった。幼い頃はあれがいけない。これはいけないと言ってくれたものだが、小学校を上がってからはお兄ちゃんだから自分でやろうという事であった。始めのうちは辛かったが、今はそれで良かったのだろうと思えてきていた。何もかも母親の言うとおりに行動していたらいつまで経っても自分という存在が無い人間になってしまうと思えてきたのだ。武田 一道は母親の操り人形ではない。それでも昔の名残が残っているようでたまにどうしたら分からない時に、母親にどうしたらいいのか聞くのが一道なのである。そんな生い立ちを持つ一道であるが、何故、母親の精神が自分の体に宿っているかを母親に聞いた。18年近く前、母親は病弱で一道を産めるかどうかわからないという非常に危険な状態であった。しかし、母体を大切にするという事にすれば子供の命が無い。それではあまりにも新しい命が可哀想だと思った事で一道を産もうと決意したのだ。一道を無事出産する事が出来た。しかし、母親は持たずそのまま亡くなった。しかし、一道への想いが強かった為か心が一道に宿ったと言う話である。一道の父親は一道が産まれる前に事故死したのだと言う。

『お袋・・・昨日の話は?魂って事は聞いたけどそのまま寝ちゃったんだけど・・・』
『いつでも話してあげるわ。今はその事よりも学校に行く事でしょ?』
『でも、これだけは今、答えて欲しい』
『なぁに?』
『何で、そんな魂の事が詳しいの?』
『一義さんが使えて、その話を聞いていたからね。当時の私の目に見えなかったからそうなんだって軽く思っていただけだったんだけれど、実際にかずちゃんと一緒になって実感した。それで、光の剣も自分の意思で出せる事を知ったのよね』
『親父か・・・』
母親の話を聞いただけの存在。自分が生まれる前に事故死したというのだから当然である。制服に着替えた。あまり綺麗ではない。お金がない人ために、中古を無料で学校が支給してくれたものである。新しくはないがその雰囲気だけで十分である。
「おはよー!かず兄ちゃん!」
「いちどーー!いちどーー!」
幼い子供達は朝からテンションが高い。だるそうにしていると子供達にも感染しそうだから無理をして、テンションをあげていく。
「おはようさん!顔をちゃんと洗えよ!おい!勝!ボタンが1つ掛け違えているぞ!」
朝から無理してテンションを上げて応対した。子供達に自分の気分をあまり気取られたくは無かった。一道は子供が嫌いな方ではない。寧ろ好きである。だから、昨日子供にウンコを付けられても怒らなかったのだ。だが、金持ちや恵まれた環境の中で生きている人間などが何も知らない癖にこちらを見て貧乏とか可哀想などと哀れみの目で見る事が許せないのである。それは子供であろうが女であろうが関係ない。
「頂きます!」
院内の食事担当のオバちゃんが作ってくれた朝食を食べる。基本的に朝食は和食である。今日は、味噌汁と卵と魚、簡単なサラダとプリンであった。皆手作りである。食事には決して豪華とは言えずそれほど凝ったものは出てこないが栄養のバランスが取れており、子供の成長には最適なのだ。特に、ここに来るような子供は親がコンビニの弁当で済ませるなんて事は当たり前で酷い場合には食事すら与えてない場合もあるので質素な食事にも喜んで食べてくれる。
「ごちそうさまでした!」
食べ終えて、歯磨きを済ませ、皆、学校に行く。高校生や中学生は小学生や幼稚園生をバス乗り場などに送り届けるのが義務となっている。みんなと一緒にバス停まで歩いていく。
「くらえぇぇ!スターソード!」
「俺のほうが強いんだ!スターブレード!」
二人の子供がじゃれ合っていた。とある人気のゲームがアニメ化したのだが、それが男児に大人気で社会現象にまでなる勢いがあった。ただし、二人はゲームを持っておらずプレイした事がないので、アニメのキャラクターに自分達がなりきる事で我慢している毎日であった。
「おい!危ないからやめろ!車に轢かれたら痛いじゃすまないんだぞ!」
「ビビビビビビ!」
「ガガガガガガ!」
お互いが鍔迫り合いを始めたようで激しくにらみ合っていた。そこへ一道と慶のチョップが飛ぶ。
「いたっ!」
「いてっ!」
「人の話を聞けよ。悪ガキ共!そういうのは公園とかの安全な場所でやるって言っているだろ?今度は俺がぶった切るぞ!」
「はーい」
聞き分けがいい子供である。近くの幼稚園のバス乗り場まで送る。二人だけのバス乗り場である。100mもないところに他の園児のバス乗り場があるのだが、そこに連れて行くと、暇で自分勝手な主婦たちが可哀想などと冷やかしを含んだ哀れみや我が子が暴力を受けるのではないかなどと陰口を叩くので子供の教育上、良くないという事で乗り場を変えてもらったのだ。ただ、自分達がそういう状態にさせたにもかかわらず「特別扱いするな」など一部の主婦は言っているそうだ。こういう主婦達は自分の子さえ良ければそれでいいと思っているのだから仕方ないのかもしれない。乗り場で少し待っているとバスがやって来た。
「おはようございます」
「おはようございまーす!」
二人と同じくらいのテンションで慶が挨拶をした。一道は挨拶をして軽く会釈をするぐらいでとめておく。慶は元気なものだと感心すると同時に呆れていた。
「行って来まーす!」
「行って来い!」
「それじゃ出発して下さーい!」
保育士の若い女性が言ってドアが閉まるとバスは出発した。
「やっぱりいいよなぁー。長峰先生はさぁ~。あの人の笑顔を見ると朝からテンション上がるよなぁ~!彼氏とかいるのかなぁ?あいつ等に聞かせるか?」
慶が喜んでいた。言うまでもなく慶は彼女に一目ぼれしているようであった。
「慶。子供を出しに使うなよ」
「そうだよなぁ・・・そんな事が知られたら女々しい男だって思われちまう。こうなりゃ告ってみるのもいいかなぁ?」
「そうだな。やってみたらどうだ?」
淡白な言い方を返したせいか慶は黙った。後2日以内に喋ってくれるだろうという事でそれ以上追求はしなかった。学校について、二人は別々のクラスに行く。それからホームルームがあって、1時間目の授業となる。そこでリュックをあさっていると手に何かが当たる。教科書やノートなどの勉強道具とは違って素材が異なり、小さく分厚い。
「あっ・・・これは・・・」
一道は、リュックの中を覗き込むとそれを見つけた、公園に落としていた和子の財布であった。
「直接渡して良い物なのか?」
『ひょっとしたら思い出してくれているかもしれないわね』
「本当か?お袋」
『絶対ではないわ。飽くまでかもしれないというだけ・・・魂の中の記憶というのは一部を忘れても他の様々な情報を使うことで復元する事が出来るの・・・』
記憶の復元。かなり重要な話ではあったが、今の一道はそんな事を考える暇は無い。
「それではやってみる価値はあるって事だな・・・放課後行って見るか?」
もし、昨日の事についてちゃんと思い出してくれていたなら良いだろう。しかし、忘れたままだったら・・・考えたくない所であった。思い出してくれると祈るのみであった。休み時間になってトイレに行こうと廊下を歩いていると後ろで何か気配があった。その後、ドタバタという音があって後ろを振り返ると誰もいなかった。一道は特に気にしなかった。
「気のせいか?」
各クラスホームルームが終わってから生徒達が帰っていく。他のクラスからの足音や話し声が聞こえて来て一道は焦っていた。
『早くしろよ・・・帯野が帰ってしまうじゃないか』
担任の先生が2ヶ月も先の体育祭の事で話していた。記憶を取り戻させるのならば早ければ早いほうがいい母が言ったので、今日、接触しなければならないと心に決めていた。生徒手帳など彼女の身元を証明するようなものが入っていれば警察に届ければ間違いなく届くだろう。しかし、彼女だって財布を無くして困っているだろうから早めに渡したいと思った。
「何故か私の担任のクラスは勝てないっていうジンクスがあるのよね。運動神経抜群の子が他のクラスよりも多いのに負けてしまって・・・だから今回は体育祭の前に朝練しようと思っているからそのつもりでね!」
「ええーーー!」
「お願いよ。足の速さはちょっとやっとで早くなるものではないけど、リレーのバトンの受け渡しとかムカデ競争のテンポの合わせ方とかちょっと練習だけで劇的に上手くなる事って多いと思うのよ。それで、放課後だと部活動でグラウンドや体育館は使えないから、朝、どこも使用してなかったら練習という事で・・・」
「よーし!野球部!サッカー部!バスケット部!卓球部!バレーボール部!是非とも技術向上の為にこれからガンガン朝練してくれたまえ!」
玉木 大喜が調子よく言うと、それに賛同するものが結構、現れた。
「お!それいい考え!」
「私、朝弱いし、運動も好きじゃないし・・・」
「おいおい!ふざけんなよ!何でそんな事の為に朝練しなくちゃいけねぇんだよ!」
サッカー部の坊主頭が騒いだ。
「冗談だって・・・あんまりマジに捉えるなよ」
「本当に冗談かぁ?今のマジっぽかったけどな。特にそこの三人なんかは・・・」
「はいはい!言い争うのはそれまでにして!私は体育祭で優勝したいの!でも強制はしません!だから勝ちたいと思う人、私に優勝の気分を味わわせたい人が出席すればいいの!」
「はーい!」
そんな事でホームルームは終わった。時間がかかってしまい、早めに帯野 和子のクラスに行く。すると、丁度ホームルームが終わるタイミングであった。
『ようし・・・あまり意識していると良くないから自然に財布を渡すとしよう。おかしな事をすると何を言われるか分からないしな。最悪、通報されるとか・・・』
クラスの人達が出てきて、和子は複数の女子と共に歩いていた。
「あ、あの~」
「!?」
声を出すと同時に、和子はこちらに気付いたと同時に後ろに方向転換して早足で歩いていった。
「あれ!和子ー!どうしたのぉ?ねぇ!一緒に帰るんじゃなかったの?」
和子は一緒にいた友人に対して何も答える事なくそのまま歩いて行ってしまった。
「この人の顔を見たら行っちゃったみたいだけど・・・」
もし、自分の事を危険だと思っているのなら、この友人達に財布を渡す事で関係を修復する糸口になるかもしれないと考えた。
「アンタ、和子の何なの?」
「何なのと言われても、大した間柄ではなく俺はただ・・・」
2人の女の子達に詰め寄られて慌てる一道。それよりも自分を見た瞬間に立ち去った和子を見てやはり誤解しているのか思った。
「いや!あの歩き方は間違いなく変だったよ。それに無言でいなくなるなんておかしいよ。そんなの今まで見たことないもん。何かあったとしか思えないよ」
こちらが財布の事を切り出す前にこの女子達は質問を浴びせかけてきた。」
「そんな事をする訳がないだろ?」
「悪い奴がいいそうな事ね。ますます怪しいって思う」
3人がこちらをにらみつけてくる。明らかに劣勢であり、他の生徒の目もあった。
『俺が何をしたって言うんだよ・・・』
逃げたいのはこちらだと思いながらここで逃げたら完全に怪しさ爆発である。
「だったらどうすればいいんだ?」
「さぁ?知らないわよ。和子に許してもらうようにするしかないんじゃない?」
無責任な奴らである。腹立たしくなってくるが抑えた。
「でも、和子どこ行っちゃったんだろ?」
「そうだ!追いかけたほうがいいね」
「アンタは追ってこないでよね!」
そう言って、女子達は和子が逃げて言った方向に走っていった。
「あんな奴らに財布は渡せねぇよな・・・くそっ!」
どこに行ったかは分からない。既に学校を出てしまったかもしれない。だが、今はいると思って校内を探し回るだけであった。教室、校庭、体育館、図書室。あらゆる場所に向かった。
「くぅ・・・」
1時間ぐらい学校内をウロウロしていたが彼女を見つけることは出来なかった。既に学校を出てしまったのだろう。明日もまた探すべきなのか考えたが、財布は出来るだけ早くに返すべきだろうと思った一道は職員室に行き、財布を先生に届けた。
「これで良かったのか?本当にこれで良かったんだよなぁ?なぁ?お袋・・・」
一道の母親は何も答えなかった。


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