髭を剃るとT字カミソリに詰まる 「髭人ブログ」

「口の周りに毛が生える」という呪いを受けたオッサンがファミコンレビューやら小説やら好きな事をほざくしょ―――もないブログ

The Sword エピローグ

2011-03-01 20:15:46 | The Sword(長編小説)
あの事件から6回目の春が来た。一人の青年は原っぱで横になっていた。草の青々とした香りが鼻をくすぐる。
「すいません!呼び出したのにお待たせしてしまって!」
見上げると一人の青年がこちらに向かって歩いてくる。横になっている青年は目を閉じていた。
「もしかして眠っています?」
「いや、起きているよ。この季節こうやって草むらで横になってのんびりするのが好きだから満喫しているんだよ」
「そうですか・・・突然、呼び出してしまってすいません。ですが偶然、武田さんを見かけたもので興奮しちゃって・・・」
「前置きは良いよ。長居出来ないだろ?お互いに・・・」
「そうですが、6年ぶりじゃないですか?感動の再会に打ち震えていたんですよ」
右手を握り、草を毟って自分の顔にパラッとまぶした。一層青臭さが香る。横になっているのは武田 一道、脇に立っているのは港 信弘であった。
彼らは生きていたのだ。一道も港もまた、死ぬことはなくそのまま救助隊によって保護されたのであった。
その後彼らは、病院を大混乱に陥らせた実行犯として罪に問われる所であった。彼らもまたそれを覚悟していたが一切のお咎めはなかった。何故なら彼らは表沙汰には洗脳されていたと発表されていたから自らの意思で行った事ではないとその罪を負う事がなかったのだ。罪を負う事になったのは彼らがその存在すら知り得なかった『大地の輪』という宗教団体であった。
その宗教団体の幹部が彼らに洗脳処置を取り病院を襲撃させたという事で、責任はその幹部達にかぶせられる事となった。
罪には問われなかったもののそれですぐに世間に出してしまっては彼らの身が危険に晒されるという事と洗脳を解くという意味合いから更正施設に数年間、過ごした。そして、2年前に外に出る事が出来たのである。

「それで、呼び出したからには何か言いたい事でもあるのか?」
「あの後、皆さんはどうなったんですか?帯野さんや田中さんなんかは・・・」
港は地下に行った一道達の状況を知らなかった。
「俺以外はみんな死んだよ。帯野も田中さんもな。後、慶もな・・・あ、田中さんは実際に見たわけではない。藁木って人が俺が殺したと言っていただけだが・・・」
あまり辛いとも思ってないようで澱みなく一道は言った。
「そ、そうですか・・・慶って羽端さんですよね?味方となってくれたんですか?」
「いや、敵だったから俺がこの手で殺した」
その右手を挙げ淡々と語る一道。当たり前のように言われると詳細を聞けないし、慰める事もできなかった。
「それで、最深部で何を見たんです?いや、連中は何をしようとしていたんです?それでどうやって生き延びたんです?」
「そういう込み入った事を言うのはまず自分からってもんだろ?何があったんだ?」
「それはもう・・・本当に酷い事でした」
「俺もそういうもんだった。口に出す事も憚れるような事の連続。だから言いたいと思わない。それでもお前は聞きたいか?」
暫く無言。風が吹いて草花がなびく。春の風で少々、肌寒かった。
「一道さんは俺達のことで気になることはないんですか?誰が生きているとか・・・」
「ないな・・・お前の顔を見れば大体想像がつく。お前以外全滅って所か?」
「いえ、違います。違うというより分からない所があると言う事で・・・剛君は兄の仇である間 要と戦うと言って単独で残ったそうでその後の事は分からないそうです。どこかで生きているかもしれません。それから元気さんと悠希さんは俺が気絶している間に先に行ったのでそれ以降の事を自分は見ていません。ですが、沼里さんにちょっと前に一道さんと同じで街でばったり出会って話を聞きました」
「沼里?ああ・・・名前は沼里 悠希って人だったか?」
「はい。沼里さんは元気そうでした。ですが、元気さんはやられたそうです・・・」
「そうか・・・」
それ以上、深く聞きたいとも思わなかった。もう人の生き死にに関しては沢山である事が強かった。
「沼里さんは敵を追って7階から飛び降りたのに助かったそうです。信じられますか?」
「そうだな・・・」
特に興味はなさそうであったが港が話したがっているのが分かったので一道はそのように答えた。
「非常階段の6階に下りる相手を捕まえてそのまま引きずり落とすために飛び降りたんだそうです。ですが、自分は落ちてしまったと・・・ですが、あの病院は構造が階段状ですから、下の階に偶然、屋上庭園にあった木に引っかかって助かったそうです・・・それは本当に奇跡だったそうです」
屋上庭園である。森など言ったレベルではない。木が生えていると言ってもせいぜい数本だろう。そこに引っかかって助かるというのは確かに奇跡的な幸運といわざるを得ない。
「それで、それよりも驚く事があるんですよ」
「?」
「彼女、結婚するそうです」
「結婚?それはめでたいな」
声のトーンもあまり変わらず社交辞令的に聞こえた。
「あまり驚いてないみたいですねぇ・・・話をしたら何だか施設を出てすぐに良い男にめぐり会って、意気投合したらしいです。ですが、信じられます?あの沼里さんが結婚だなんて・・・」
「にわかには信じがたいがな」
「そうでしょ?人間不信で、人とのコミュニケーションを頑なに拒む人だったっていうのに結婚ですからね。命がけで飛び降りた事が何か彼女の中で変えるような一因になったんでしょうかね?まぁ、元が綺麗な人でしたから俺も声をかけておくべきだったかな~ってちょっと思っていたんですよ」
悠希は一道達と違って当時成人であった為に、世間に名前が挙がったし、自分自身で責任を取らなければならない立場であったがやはりそれら全てもまた彼らを洗脳したとされる『大地の輪』が負う事となった。世間の殆どは彼女の事を忘れてしまっているだろう。
「まぁ、年月は人を変えますからね。後、彼女におかしな事があったそうです」
「何だ。おかしな事というのは・・・」
「まぁ、焦らないでくださいよ」
「いい加減、勿体ぶってないで言え」
「いいじゃないですか?ちょっとぐらい冗談言ったって・・・相変わらずお堅いですね。武田さん。で、沼里さんは、何故か剣が出なくなったそうですよ。そんな事起こりうるんでしょうかね?魂の固まりでしたっけ?それが出なくなるなんて・・・って、剣すら出せない俺が言うのもなんですけど」
「へぇ・・・」
「そうだ。話は戻りますが、あの時、市川 満生が乗り込んできたんですよ。亮って人の魂を殺してその体に魂を封じ込まれた奴です。俺達も襲われましたから覚えてますよね?」
「ああ・・・当たり前だ」
「そいつ、自分の体を見つけたらしくてその体を持った奴に戦いを挑んでました。すぐに別れたのでそれ以後は分かりませんけど・・・」
「詳しい事といっておきながら分からない事だらけじゃないか・・・」
「すいません。それで一道さんの近況は?」
「ぼちぼちだな」
確かに冴えないというのは間違いなかった。
「俺はあれから大変でした。施設に親父が数回会いに来たんですけど少ししてからパタリと来なくなったんですよ。それで施設を出て真っ先に帰ったら、自宅が無くなってました。何も分からないままではいられないと友達とか近所の人から話を聞いたんですけどそれらをまとめると、両親は離婚していました。俺があんな事件を起こしましたからね。それで親父は会社を辞めざるを得なかったらしいですし、嫌がらせを耐えなければならなかった。すっかりそれで老け込んでしまって体を動かすのも困難になってしまった。まだ50代な。人生これからって時なのに・・・それで、何とか親父を見つけたんですよ。それでこの辺のボロアパートに住んでいます。俺が親父を養っているような状態で」
「あの時、お前は俺達に構わず学校にいれば良かったんだよ。そうすりゃ、幸せなままだった」
「いえ、こんな状況になりましたけど俺はあの時の事は後悔してません。親父には申し訳ないと思いますが、あれで良かったんです。あのまま学校にいた方が俺は今も苦しんでいたでしょう。だから良かったのですよ」
それはどことなく自分自身に言い聞かせているようにも聞こえなくも無かった。
「それに俺がいなければ沼里さんもきっと今、生きていないはずです。何たって4人も倒したんですからね」
それは結果的にという意味であった。港自身が実質倒したのは2人であった。
「そういう意味では俺が行った事は大変に意味があったのです。親父だってその事情を知れば分かってくれると思います。ただ、親父には全く関係がない事ですからいえないですけどね。親父が死ぬまで俺が責任を持って守っていきます」
その目は力強く今後降りかかるであろう苦労も覚悟しているように見えた。
「武田さんは後悔していますか?」
「後悔などする訳はない。するぐらいなら始めからしていないのだからな」
一道が後悔していない訳はいなかった。自分に関わった人の殆どに迷惑をかけたのだから・・・だが、それを口が裂けてもいえなかった。言ってしまえば命を懸けて死んで行った者達に失礼である。一道は軽く震えた。
「武田さんはこれからどう生きるんですか?」
「どうもしない。真面目に働いて真面目に生きる。それが俺らしい生き方だろ?」
「確かに・・・」
「自分らしく生きて、自分らしく死ねば良い。それが死んでいった奴らが望む道だと俺は信じている。それに偽った生き方は不器用な俺には出来ないしな。」
「・・・」
一道達は施設を出てから以前、自分達が病院で起こした事件について調べてみた。それを知って愕然とした。事実のほとんどが改竄されていたのだから・・・ソウルドの事が出ないのは分かるのだが一道達は異常者として扱われ、病院側はそんな異常者達から病院を死守しようとして奮闘したと書かれていた。必死に戦ってきた事を否定され、こちらが一方的に悪く書かれる。何のために戦ってきたのかとその意味さえ考えた。唯一救いがあるとすれば、海藤総合病院は、一道達が事件を起こして以来、患者の数が激減し、閉院を無くされ余儀なくされ解体された。院長や医師も大勢失ったのだから当然の成り行きだろう。それによってソウルドの研究も出来なくなった事だろう。他の施設が引き継いでいるという可能性は否定できないがともかく、あの場所が無くなった事が一道としては救いだった。二度と見たくない場所であったからだ。
一道はライターを取り出しゴソゴソとポケットを漁る。
「へぇ~意外ですね。一道さんのような真面目な方がタバコを吸うなんて・・・」
「タバコは俺の趣味じゃない」
ポケットからタバコが出てきた。
「やっぱりタバコじゃないですか?」
一道は何も答えないままゴソゴソとポケットを漁っていた。良く見ると、タバコはフィルターだけであった。それから線香が出てきてフィルターに突き刺して火をつけた。
「わざわざ手の込んだ事をするんですね」
「タバコは匂いが嫌いでな。嫌な匂いも付くし・・・だから線香を使っている」
「それでみんなに供養ですか?」
「そういう湿っぽい事をする気はない。単に線香が好きなのさ」
「へぇ・・・好きな香りでもするんですか?」
「まぁ香りも好きだがそれだけじゃない。見るのも好きなんだ」
「線香を見る?」
「ああ・・・火をつけられてある一点だけ激しく燃え上がらせるけどよ。最終的には煙みたいになって消えていく。灰というゴミを残してな。そういう哀愁漂うところが好きなんだよ」
風が吹いて線香の煙はすぐに霧散していってしまう。
「何かいいですね。それ・・・」
「だろ?」
一道は何も答えず煙を眺めていた。
「さて・・・話はもういいな。ファンが直に俺達を見つけ出す。お前もそうだろ?そうしたら面倒な事になりそうだしな」
一道は港の質問には答えなかった。横になって線香付きのタバコのフィルターを加えているような状態だったので線香の灰が落ちそうになったところで立ち上がった。
「ファン?」
一道は背後に指を指した。
「ああ!そう言う事ですね・・・でも、ファンだなんて・・・一道さんが冗談を言うなんてあの頃にはなかったなって」
「もう6年が経っているんだ。誰だって変わる面はある」
「そうですね・・・もう6年が経ったんですよね」
「それじゃぁな・・・」
「一道さん!最後に1つ!」
帰ろうとしたところを立ち止まる事になった。
「何だ?」
「今までずっと考えていた事なんですが、俺達がやった事は正しかったんですよね?」
港にとってはこの6年間ずっと悩み続けて未だに答えが出なかった事である。悠希にも同じ事を聞いた。彼女は正しいと言ったがそれは自分自身達の行為を納得させる為に言っている事のように思えて港は腑に落ちなかった。だから、今度は一道に聞く。
「・・・。良いとか悪いとか正しいとか悪いとか正義とか悪だとか・・・この世はそんな二極で全てを割り切れるもんじゃない。俺達はただ、危害を与えてきた連中を許せなかった。だから滅ぼした。それだけだ。魂を弄ぶ奴らを許せないとかそんな大それた理由じゃない。俺の場合、ただの私怨から始まっただけだ。慶が許せなかった。それだけだ。慶を殺したら後は勢いに身を任せた。それ以外の事は考えていないし、考えたところで答えなどでないと俺は思うがな。つまる所、どっちもどっちだからな。殺され、殺し、憎み、憎まれ、その繰り返し。もし良いか悪いか気になるのなら死んでから分かるだろ?」
「ああ・・・確かに天国の慶さん達が決めてくれるでしょうからね」
「違うよ。アイツらじゃ感情が入っちまうからダメだ。もっと物事を第三者的に見極めてくれる閻魔様が決めるって事さ。それに慶は天国じゃない。地獄行きだ」
そのように一道に言われて確かに答えなどでないと不思議に思えてきた。
そのまま一道は歩き去っていく。一道が言ったファンとは一道達を監視する者達の事である。やはりソウルドを扱える者は要注意人物としてその行動を知っておく必要があるのだろう。ならば、施設内から出さないようにする事も出来るはずであるがそれはしなかった。ひょっとしたら一道を泳がせる事で何かしら利益があると踏んでいるのかもしれない。病院の技術は本当に人類にとって有益というのも確かに理解できた。だからかなり大きな組織である事は分かった。一道達のやった事実を捻じ曲げた者達も絡んでいる可能性もある。一道はそんな監視者達を知ろうとする事は無かった。知った所でどうするのか?逃げるのか?戦うのか?今の一道にそんな気力は残っていなかった。
「また会えたらいいですね!今度は沼里さんも入れて!」
片手を上げてヒラヒラと手を振った。それはさようならと言うよりはそんな事はないよと言っているようであった。
帰り際の一道の表情は、以前のような引き締まった精悍さはなく、疲れ、枯れているようであった。それは、もはや当時の戦士の顔ではない。彼は、事実を完全に変えられてしまった世間を見て、絶望したからだろう。敵味方問わず、相手に対して命懸けで戦い、志半ばで魂を散らしていった大勢の者達。それらは決して明るみに出る事はなく、そればかりかそんな人たちを狂信家扱いにした世間に対して希望など見られる訳はなかった。だが、今は監視されるという制限は受けながらも一道はそれなりの自由を手に入れられている現状に満足していた。仕事も問題なく出来ているし、ご飯も食べられ、仕事仲間とも交友を持てる。ただ、積極的に他人と接触しようとはしなかった。自分を知ってしまって何らかの被害を受ける可能性も否定できないからだ。だから今、一道は世捨て人のような生き方をしている。
一道は静かに手を握って開き、手のひらを返しまた握って開く。
ソウルドを振るっていたあの時の感覚が薄れる事なく残っている。特に慶を斬り殺した感触は深く刻み込み、染みこんでしまっている。忘れようと思っても消えない感触。これは一生ついて回るのだろうと思えた。だが、だからこそひょっとしたら自分の中でまだアイツらの魂の欠片が残っているのではないかと思っていた。
一道は、顔に張り付いていた雑草を払いのけた。ハラリと舞い散る草。風に乗って後方に消えていく。前を見て、振り返ろうとせずに・・・たまに足元の草に足をとられながらも・・・歩く。
「さて、行こうか?」
どこに行くのも彼次第だ。彼はまだ歩けるのだから・・・





最新の画像もっと見る

コメントを投稿