daiozen (大王膳)

強くあらねばなりませぬ… 護るためにはどうしても!

天岩戸の意味

2014年10月29日 | 萬世の歌


八百万の神々について「座の文芸の壁(2)」「座の文芸の壁(3)」「座の文芸の壁(4)
で触れたが、ここではスサノオ(須佐之男)に焦点を当てて天岩戸を観てみたい。

古事記には須佐之男(スサノオ)が田の畔を壊して溝を埋めたり、御殿に糞を撒き散らしたりして乱暴を働いたとあるようだ。天照大神はスサノヲをかばったけれど乱暴はますます酷くなって人を死に至らしめた。それで天照大神は天岩戸に隠れたので世界は闇となり・様ざまな災いが起きた。

そこで八百万の神々が集まって天照大神に天岩戸から出るように懇願して祝詞を唱えたり唄ったり踊ったりした。天照大神が天岩戸から現れ出て世界は明るさを取りもどした、そして八百万の神々は相談してスサノオに沢山の物品で償わさせたうえに髭と手足の爪を切って高天原から追放した。

スサノオは自分に与えられた土地に不満を抱いてアマテラスを妬んだとされていて、それはスサノオが甘えんぼうで寂しがりで自立できない幼児性のままで社会人になってしまって、それで己の暴力性を抑える心を持たず・術をも知らず、己の望みを叶える手段として暴力を働いたのです。

この愚かな振舞いをする性質・暴力性を多くの男性は現代に引き摺っていて多くの女性や子供・弱者を困らせている。この悪い性質を地上から断ち切るには全ての男どもを抹殺するか、男を産み落す女性を抹殺するか‥すなわち、人間否定という愚かしい思想が闊歩することになる。

スサノオに罪を問うなら不良品を産み落した親の罪を問わねばならず、その同じ親から産れた不良品を全て根絶やししなければならない。不良品を罰して済まそうとする悪しき思想もまた許されるべきでなく、すなわちその悪しき思想の者は身を以って己から始末しなければならない。

このような己を振返ることを知らぬ愚かで身勝手な思想がスサノオの闇を生んだのであり、同じく現代の闇を生んでいるということは天岩戸の出来事に照らせば明らかであり、すなわち、世の邪悪の根源たるスサノオの血を引いていることを知って己の身を潔く改めるべきと解らねばならない。

反省なきところに平和が訪れる訳がなく、どうしても誰かを赦せないと思うときは先ず己を罰して罰して死ぬ日まで罰して赦しを乞うて、それで世界中の全ての者が赦してくれたときに初めて他者の罪を考えてみるのが良いだろう‥どうせ身から出た錆びだものね。

天照大神の願いも八百万の神々の願いも乱暴を働いたスサノオに反省を促がして世界に平和をもたらすことであって、スサノオを殺してしまおうとはどこにも書かれていない。あなたがスサノオに倣うならお気の毒さま。アマテラスや八百万の神に倣うことをあなたにもお勧めしたい。



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