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中高の思い出

みなさん、こんばんは。hkです。

昨日の日本経済新聞朝刊には、第2部として「中学受験特集」がついていました。私も私立の中高一貫校に入学したので、半分なつかしさを感じながら読みました。

私が入った中高は男子校です。事務職員の方をのぞき、みな男性。当時の学校の方針だったと聞いています。

中学1年生は1年生、2年生は2年生と言うのはあたりまえですが、高校1年生は4年生と呼んでいました。ただ、一定の基準に達しないと4年生にはなれない、つまり高校に進学できません。残念ながら、同期で1人が他の高校へ進みました。

授業は中高6か年で習うべき内容を5年間で終わらせるようになっていました。6年生は受験勉強に専念します。必修の授業は午前中だけ。午後の授業は個人の選択に任されます。私はすべて受けました。

学校行事で特筆すべきは5月に開催される体育祭。1年生のときに赤・白・青・黄の4つに分けられると、6年生まで同じ色に所属します。だから、学年が上になればなるほど自分の色に愛着が強くなっていきます。4月中旬から1か月は体育祭の競技の練習に明け暮れる、といっても過言ではありません。

部活動はバレーボール部に所属。休憩中の廊下で突然「おい、この間、バレー部に入るって言っていたヤツだったな」と見知らぬ二人に声をかけられたのがきっかけです。年齢のわりには背が高かったからでしょう。

練習日は月・水・金・土の週4日。試験の1週間前からは原則として休み。逆に夏休みや冬休みなどは、ほとんど毎日ありました。

中学3年のときは区大会で優勝1回、ベスト4が2回。私学大会(私立中学だけが参加する大会)も優勝しました。高校でも都の本大会予選ではほとんど決勝まで進みました。強豪にはほど遠いが、弱いわけではない。しかも、高校3年生は受験勉強のため部活動を行わないので、高校のチームは1年生と2年生のみ。相手はたいてい3年生が主体ですので、そこそこのレベルにはあったと自負しています。

中学生の時は柔道か剣道が必修。秋には校内体育大会とかマラソン大会とかが開催されていました。文化祭もありました。文武両道を目指していたかどうかは当時の資料がここにないので何とも言えません。ただ、受験のためにひたすら勉強に専念するというわけではなく、自由でのびのびした校風が自分に合ったことは間違いありません。


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