(=^・^=)私と暮らした猫たち

ー失敗を重ねて7匹めー

語る事も供養

2019年03月11日 | 日記

今年も震災の日が来ました。

2、3日前、職場のみんなで「あの地震の時自分何をしていたか」

を話しました。

「あの地震」は阪神や東日本。

中越や熊本はその時間にはっきりした揺れを感じられなかったので

その時の自分がわかりません。

どの地震でも、被害のあまりなかった地域の人間です。

東日本はまだ記憶に新しく、みんな鮮明に思い出すのですが、

阪神はもう、若い人達はよく知らないのですね。

私は早朝に何故か起きていて、

電気ストーブを消してじっとしてた、あの寒い朝をよく覚えています。

長い揺れでした。

揺れる時間が長いのは、遠くで大きな地震があったのだ、とだれかに教えてもらったな。

 

法事に故人の思い出を話すのは、供養になるんだそうですが、

こうして地震の日を語り合うのも、犠牲になった人達の供養になるのでしょうか。

この物干しにさえ、ニンゲンと一緒にしか出られない、室内飼いのネコ。

もし留守中に何かあったらどうなるのだろう、と時々考えます。

 

 

 

 


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