2代目ポチは、S少年一家のれっきとした「飼い犬」として飼われていました
でも、家の中ですごせたのは、最初にやってきた赤ちゃんの頃だけでした
成犬になれば、家にあげてもらえることもなく、寝床は庭の犬小屋でした
保健所に登録はしたものの、獣医師にみてもらうのは、年に一度の狂犬病の予防接種の時だけです
それも、公園での集団接種でしたから、健康状態のチェックもそこそこに順番がくれば注射をうたれます
今でこそ日本では撲滅したとされる狂犬病ですが、昭和30年代には多くの人がおそれていました
当時、獣医師のお仕事は、おもに農家の家畜をみると思われていたようです
なので、飼っている犬や猫のためだけに、かかりつけの獣医師がある家庭はまずありませんでした
混合ワクチンの接種やフィラリア予防薬をもらいに動物病院へいく
そんなことが普及してきたのは、もっと後のことでした
でも、中には裕福な家庭があって、狂犬病の予防接種を愛犬に受けさせるために、往診をたのむ人もいました
そんな時、獣医師は玄関からはいろうとすると
「あっ、犬屋さん、裏口にまわってね」というような接し方をされたそうです
獣医師は、大切な家族の一員であるペットの健康維持にかかせない存在ですが、
そう思う人は、まだあまりいない時代だったのかもしれません
2代目ポチだって、れっきとした「飼い犬」でありながら、
朝晩のエサは、初代の半ノラのポチとなんら変わりはありません
残ったご飯に味噌汁をかけたものだけです
おやつには、子どもたちが台所から煮干しをもってきて、食べさせていたくらい
からだを洗ってやることも爪をきってやることもありません
庭の犬小屋にいるのですから、ノミもダニもついていたでしょう
犬のからだはそんなもの、とほとんどの人が思っていた時代でした
避妊手術や去勢手術をうけさせようという考えもなく、子犬がうまれれば、ひきとってくれる人をさがす
庶民にとって、飼い犬は雑種があたりまえでした
もらってきて飼い始める人だけでなく、ひろって育てた人もいたことでしょう
2代目ポチは、お父さんの仕事仲間のおうちからもらってきました
毎日子どもたちと一緒に楽しくあそんでいましたが、数年たった頃
ある日S少年がいつものとおり学校から帰り、おくにいたお母さんに「ただいま」と声をかけました
お母さんは、子どもたちが下校してくれば、家の中からかならず「おかえり」と応じます
それが、この日は、お母さんの後ろ姿がみえるだけ、畳の上にじっとすわっています
「どうしたんだろう」S少年が目をこらすと、肩がふるえているようにもみえます
「かあちゃん、どうしたの」
「・・・・」
「かあちゃん、なにかあったの」
「ポチが・・・・」
「えっ、なに、ポチがどうかしたの」
「・・・・」
S少年は、ただならぬ気配を察して、家の中へかけこみました
すると、家の中にいるはずのないポチのしっぽが、お母さんの横にみえます
「ポチ、どうしたの」
つづく