因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

『みえないくに』/日本劇団協議会主催「日本の演劇人を育てるプロジェクト」文化庁 海外研修の成果公演

2024-01-19 | 舞台
 みえないくにの言葉を手渡す

*鈴木アツト作・演出 公式サイトはこちら 東京芸術劇場 シアターイースト 21日終了 鈴木アツト作品のblog記事→1,2,3,4,5,6,7,8,9,10,11,12,13,14,15,16,17,18,19,20,21,22,23,24,25,26,27,28,29,30,31
 公益社団法人日本劇団協議会主催「日本の演劇人を育てるプロジェクト」文化庁 海外研修の成果公演…という長い前書きだが、今回の公演は文字通り、鈴木アツトが海外で学んできた成果を披露するものだ。劇団の公演とは異なるプレッシャーや困難もあったろうが、期待に応える気持ちの良い舞台であった。

 鈴木は「国家と芸術家シリーズ」など、外国の実在の人物を題材にした作品を続けて発表してきたが、今回は国土の多くが砂漠であり、人口60万の小国ながら古い歴史と独特の文化を持つ「グラゴニア共和国」という架空の国と、その美しい言語に魅了された日本人翻訳者鴨橋(壮一帆)が主人公である。彼女の「グラ日・日グラ辞典」を創りたいという熱意にほだされた小さな出版社の編集者重山(土居裕子)の奮闘で企画が進んでいくが、グラゴニアが隣国に侵攻したというニュースが飛び込んきた。世界中から非難を浴びているグラゴニアに関する本の出版ができるのか。鴨橋と重山の苦悩と闘いが始まる。

 公演チラシやネット情報に目を通した際、グラゴニアが隣国に侵攻された、つまりウクライナを反映したものだと大きな読み間違いをしていた。辞典の発行について、一時は困難を伴うだろうが、小国を支援する気運(同時に大国を非難する)が高まれば、むしろ追い風にできるはずだと…逆であった。劇作家はグラゴニアが隣国に牙をむくという設定によって観客の思考にいったんストップをかけ、より複雑で悩ましく、それゆえいっそう劇的感興を生み出すことに成功したのである。

 小さな躓きはいくつかあって、社長と重山の過去の関係という設定が必要であるかは疑問であり、重山を慕う高校生の美沙(森山真衣)は、重山の意志を受け継ぐ重要な存在として、もう一歩踏み込んだ、もっと違う造形の可能性もあるのではないか。

 駆け出し編集者の関口蘭々(田中愛実)は敬語も十分に使えず、空気も読めないが、柔軟で伸び伸びした思考と物怖じしない度胸がある。出版社の主な事業である受験情報誌に関わる中堅編集者の許斐雅則(玉置祐也)はグラゴニア辞書の出版にはっきりと反対の立ち位置にあり、重山と激しい議論を交わす。強硬姿勢の彼の家庭の事情や、次第に変容していく描写は、ある意味「あるある」と見せて、今後彼が公私ともにどのような存在になるのかと期待させる。劇団印象公演常連の玉置が安定感とともに、「不安定感」も見せて魅力的だ。
 
 これまでさまざまな外国の実在の人物を取り上げてきた鈴木であるから、「今度はどこの国の誰を?」と想像していたところ、どこでもない「みえないくに」の、誰も知らない人々、聞いたことのないことばを、今のこの国に生きる人々の体温と声を以て誠実に作り上げた。物語の人々のこれからの歩みは決して平坦とは言えない。ウクライナやガザ地区の様子を伝える連日の報道に暗澹たる気持ちになるが、ひとつの言葉を知ること、誰かに手渡すことが平和に繋がっていくと信じたい。そう思わせる舞台であった。
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