*田川啓介作・演出(1,2,3,4,5,6) 公式サイトはこちら アトリエ春風舎 21日まで
「それでもお母さんをやっつけないと、今すぐに」
公演チラシにはこう書かれている。母と娘の話らしい。ズバリ「母殺し」か。母殺しといえば、即座にギリシャ悲劇の『エレクトラ』が思い浮かぶ。殺したいほど母が憎いという自分の心に、娘のエレクトラはのたうちまわるほど苦しむ。弟と結託して本懐を遂げても苦しみはいよいよ増すばかり。人間の原罪を突きつけるかのような結末はみるものを絶望的にさせるが、エレクトラの心情は極めて真っ当であり、理由のわからない殺傷事件が頻発する昨今においては、むしろまともに思える。
いや田川啓介の新作の話であった。舞台中央に白い布が敷かれており、布は四方を天井に緩く持ち上げられている。四角いテーブルと椅子が2脚。どこか現実から浮遊しているかのような舞台空間の様相である。 登場人物は母親と娘、母親の弟、娘の彼氏、娘の友だちの5人である。
終演後のトークショーは、Mrs.fictions主宰の今村圭祐、ロロ主宰の三浦直之であった。今村氏が本作の構造や登場人物について大変的確に述べてくださったおかげで、舞台が終わってすぐ、自分の頭のなかでうまくまとまらない印象が少し整理できた。娘に対して暴走気味の過度な愛情を注ぐ母親がいて、もうじき30歳になる娘は必死で抗おうとする。母が異常で娘が正常と思いきや、娘もその彼氏も相当にいびつであり、これまで田川啓介の作品に登場した困った若者たちを想起させる。これまでは同じ年頃の若者どうしのディスコミュニケーションを描いたものが多かったが、今回はそこに親の年代の人物が登場したことが特筆事項であろう。
不在の父親や、母親の弟(娘にとっては叔父。おもしろい造形である)の存在や、絶望して「自分は生まれなかったことにしたい」とテーブルの下にもぐりこんだ娘の彼氏について、少々ものたりない印象が残る。田川啓介にはどうしても期待してしまうこともあって、7割、いや6割5分の到達点であり、もっと先の地平を目指せるのではないか。
青年団演出部に入団し、劇団掘出者を解散して劇団水素74%を立ち上げ、劇作家田川啓介の環境は激変したことと察する。今回の新作は、母親役の兵藤公美、娘役の村井まどかはじめ、青年団の女優陣が、うっかりすると戯曲を喰うほど達者な演技をみせた。繰り返すが、自分は田川啓介はもっと書ける作家だと思う。厳しい言い方をすれば、掘出者時代の『チカクニイテトオク』や、『ハート』、『誰』を越える作品を自分はまだみていない。青年団という環境の恩恵はしっかり受け、多少のアクシデントも柔軟に乗り越えて、劇作家としてますます成長してほしい。
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