*横山拓也 作・演出 公式サイトはこちら 下北沢「劇」小劇場 24日で終了 5月13日~15日まで大阪公演あり (1)
今回の公演をもって劇団15年の歩みをしばし止め、充電期間にはいるとのこと。2010年優秀新人戯曲賞受賞の『エダニク』を読んで掻き立てられるような関心を抱いただけに、会ったばかりで一時的とはいえお別れとは残念な気持ち。
舞台中央に軽トラックが置かれている。冗談のようだがほんとうである。トラックを中心に、10人の登場人物のつながりが徐々にあぶり出される物語だ。
人物はふたりずつ登場して、それぞれが噛み合わないまま続いていく会話を軽妙にみせる。劇作家の台詞術が高度で巧みであることがわかり、俳優も達者である。それぞれが久しぶりに再会した若いころの知り合い、職場の先輩と後輩の3組の6人が主に物語を運んでいく。やがて裏社会の構図や黒幕のためにもみ消された犯罪、それによって暗転してしまった人生などがだんだんみえてきて、次第にサスペンスの様相を呈してゆくのだが、上記いがいの4人の人物の絡みかたにもの足りなさを感じ、話ぜんたいとして釈然としない印象が残った。
自分が本作に足を運んだ理由のひとつは、一昨年来気になっている津留崎夏子(1,2)が客演することであった。ある会社の新人社員役で、ふた昔まえなら「新人類」と揶揄されたのだろうか、先輩に営業車を運転させるそばで悪びれもせずにビールを飲むわ、相手の話は聞いてないわのずれっぷりが笑わせる。物語の深いところで不気味に絡んでくることを期待したのだが、そのあたりはあっさりしていて少しもったいない気が。
野田秀樹は柴幸男の『わが星』について、「私たちが見たいのは、答え(=オチ)ではなくて、解き方(=芝居)である」と評し、「答えに驚きはないが、解き方が美しい」として岸田戯曲賞に強く推している。どの作品にもこの読み方があてはまるわけではなく、答えも解き方もおもしろかったり、解き方に不満はあるが、答えが素晴らしいために納得するという作品もあるだろう。
「野田方式」で言えば、『エダニク』は解き方が抜群におもしろく、それをがっちり受けとめるだけのオチと言うにはやや足りないが、それでも納得できた。この戯曲を舞台でみたい!と心底思えるものであった。それに比べると、やはり今回の舞台は解き方もオチもしっくりしない。みおわって「早くブログを書こう」と家路を急ぐ気持ちにはならなかった。記事のアップに日数がかかったのはそのためである。
折り込みのなかに「速報!!」の文字が躍るチラシがあった。8月に「真夏の極東フェスティバル」と銘打って、その『エダニク』が王子小劇場で上演されるとのこと。行かないわけには。
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