*スーザン・ロリ・パークス作 小川絵梨子翻訳・演出 公式サイトはこちら シアタートラム 28日まで その後大阪、福岡、長崎を巡演
堤真一と千葉哲也に関する過去記事をさがしてみると、出演俳優どうしとして2008年『人形の家』、俳優と演出家として2010年『アット・ホーム・アット・ザ・ズー』、2012年『寿歌』と、たがいに信頼し、刺激し合う喜ばしい関係が察せられる(2010年『K2』は未見)。
十代のときに両親から捨てられ、必死で生きてきた黒人兄弟の話である。仲の悪い兄弟の話なら、マーティン・マクドナーの『ロンサム・ウェスト』(1,1´)が記憶に残るが、今回の兄弟もなかなか一筋縄ではゆかない。
この公演は東京では年末ぎりぎりまで、年明けから各地を巡演するため、今の時期に詳細を書くのは憚られ、筆が鈍りがちだ。戯曲の力、それに臆せず正面からぶつかって翻訳、演出に取り組んだ心意気、それに応えるべく最大限に努力する演技者が創りだした舞台に出会えたことは嬉しい。しかし客席に身を置くものとして、もっと確かな手ごたえがほしいと欲が出るのである。立ち見まででる満席の観客は静まりかえり、大変な緊張感をもって、目の前のただごとではない兄弟の話に見入っている。異様なまでに集中した客席であり、それだけの吸引力のある舞台なのだ。だがその緊張感、集中力をもってみつめた舞台から却ってくるものが、いまひとつしっくりこない。こちらの気持ちのもってゆきばがないのである。
細かいことだが、劇の前半でギターをつまびきながら歌を歌う兄に弟が「自分で作ったのか」とたずね、兄は「数日前に作った」と答える。とくに劇の内容に深く関わるやりとりではなく、聞き流しても構わないのかもしれないが、日常会話において「数日前」ということばづかいはいささか不自然ではなかろうか。演出面においても「この人、何かしようとしているのかな?」と待ち構えたら、じゅうぶんに間をとって暗転になったりするところが何箇所かあり、もやもやした印象が残る。終幕で弟は後生大事に持っていた母からの遺産がはいった袋を開ける。そこに入っていたのが「はした金」だったというのは、ある方のブログを読んでわかったことで、後方の座席からはこぼれおちる紙幣がいくらかまでは見えない。したがって弟が号泣するわけも伝わらず。お札のチラ見で理解せねばならんのだろうか。
翻訳のことばも演出も、作り手が試行錯誤を重ねて熟慮の上で提示したものであるとは思うのだが、その意図や効果について、残念ながらずばりのものとして受けとめられなかったのだ。結果、からだが前のめりになるくらいの期待感をもって見入りながら、集中がとぎれしばしば睡魔に襲われることに。
戯曲、翻訳、演出、俳優。これらのバランスはむずかしい。すべてが高いレベルで安定していることが望ましいけれども、そうならば必ず優れた舞台が出来あがるとは限らない。どこかに欠けがあったり、ぎくしゃくとぶつかりあって混乱したり、そのプロセスにおいて思いもよらない劇世界が構築されることもあるはずだ。
おそらく本作は昨日と今日、昼と夜でどんどん変化してゆくのではないだろうか。作り手の迷いや苦悩、一か八かの覚悟もじゅうぶん受けとめる力をもった戯曲である。結果それが失敗だったとしても、翻訳・演出の小川絵梨子がいて、俳優の堤真一、千葉哲也がいるならば、そこから新たな道を探るエネルギーさえも獲得することができるだろう。
今回は久しぶりの旧友と観劇し、帰り道にほんの少し話をすることで終演後の心持ちがずいぶん落ち着いた。なにも整わない状態で感想やら不満やら取りあえず出てくる自分のことばを受けとめてくれた友に感謝である。
ラストシーンの紙幣、「はした金」ではなく、500ドルちゃんとあったようです。
私もラストシーンの紙幣の金額が見えず、いくらだったのか疑問に思っていたのですが、終演後、舞台上を確認した方のブログを見つけました(下記参照)。
「はした金」か「500ドル」かで、最後のブースの号泣の意味の受け取り方が少し変わってくると思うので、余計なことですが、書き込ませていただきました。
http://blog.livedoor.jp/kai4kz14/archives/51755385.html
今後とも、因幡屋さまの劇評を楽しみにしております。
コメントをありがとうございました。
これまでもブログをお読みくださっている由、重ねて御礼申し上げます。
お返事が遅くなりましてすみません。
そうでしたか・・・。お金はちゃんと500ドルあったのですね。そうするとあの身を引き裂くような弟の号泣は何の悲しみだったのか。いよいよわからなくなりました。しかしこういった困惑や謎があの作品の魅力のひとつではないかと思っています。貴重な情報をありがとうございました。
ご紹介くださったブログの方は、終演後にきちんと確認なさったのですね。見習いたいです。
これからも皆さまに楽しんでいただける記事が書けるよう励みます。
またぜひお越しくださいませ。
このたびはまことにありがとうございました。