劇評サイトwonderlandに拙稿が掲載されました。5月に観劇したstudio salt第17回公演『八OO中心』の劇評です。友人と中華街を散策し、刀削麺とマンゴーアイスを楽しみながら、初日と中日の2度観劇しました(ブログ記事は初日のみ)。
2006年の横濱リーディングで出会って以来、椎名泉水とソルトの劇世界は観劇スケジュールに欠かせない存在です(1,2,3,4,5,6,6`,7,8,9,10,11,12,13,14,15,16,17)。それだけにやや感傷に流れてしまったかなという反省もありますが、どうかご笑覧くださいませ。
最後に高野ユウジさんのことを少し。高野さんは2005年俳優としてソルトに入団し、昨年秋の『ヨコハマアパートメント』までのすべての作品に出演し、2011年12月をもって退団されました。
強がったり軽薄だったり気弱だったり、みる人が「うちの職場にもいるなぁ」と自然に思わせるガテン系の青年がはまり役で、とくに印象深いのは『7』の動物愛護センターの職員役でした。
若くてきれいな女の子とつきあいたくてしかたがなくて合コンに精を出し、捨て犬を引きとりたいとやってきた女子高生にもなりふり構わず接する姿は何と言うかもう(苦笑)。
ところが終盤になって、合コンで紹介された殊更に器量の悪い娘が「あたしなんかに興味ないですよね」と淋しげに言うのに参ってしまい、彼女との交際を決めたと先輩職員に告白します。 「おれ、つきあってみるかも」。
文字にすると軽薄ですが彼の決意のほどが伝わってきて、これまでの価値観がゆさぶられたことがわかります。誰しも見ためについ目がいくけれども、ほんとうの恋愛はあんがいそうでもないところに生まれるものなんだなということがさりげなく示されていて、劇の本筋とは直接関係はなくても、こういう細部が大切に描かれることによって劇世界に奥行きが生まれ、観客は人々をより近しく感じることができます。
この『7』についてはshelf主宰の矢野靖人氏による長編論考があります(wonderlandに2007年7月掲載)。椎名の取り扱う劇作のモチーフは大変わかりやすく、類型的で凡庸といってもさしつかえないほどだが、劇作家が周到な手つきでそれを扱うとき、「その凡庸さゆえに普遍性を獲得する」、「この『類型』に亀裂が入る、とでも言えばいいのだろうか。ある瞬間、椎名の劇世界は突如、我々をして鏡を通して自分自身をみているかのような錯覚を起こさせる」と指摘されています。
上記の場面は、類型や凡庸のなかに差し込むうす明かりといえばよいでしょうか。
劇作家椎名泉水の細やかな筆のあらわれであり、それに高野ユウジさんは誠実に応えていました。
おなじみの顔がソルトの舞台から消えてしまうのはやはり淋しい。けれど高野ユウジさんが椎名泉水とソルトの劇世界を構築する大切なひとりであったことを改めて心に刻み、これからの歩みを祝福したいと思います。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます