*平安寿子原作 ブラジリィー・アン・山田脚本 瀧川英次演出 公式サイトはこちら 下北沢駅前劇場 13日まで 企画者であるキャスティングプロデューサーの吉川威史氏については、吉川事務所ホームページほか、こちらのページが詳しく楽しい。当日リーフレット掲載の吉川氏の「ごあいさつ」には、映画の助監督をしていたとき、監督としてデヴューするチャンスがあるなら「これだ」という小説に出会った、それがオール讀物新人賞を受賞した平安寿子の『素晴らしい一日』であった。しかし数年前に韓国で映画化されてしまって、その出来の素晴らしさに映画監督になる夢をあきらめたという事情が記されている。
自分は昨年の震災直後であったか、友人から「平安寿子は経歴も作品もおもしろい。一度読んでみて」と熱心に勧められ、読もうと思いながらずっとそのままになっていたのを、ブラジリィー・アン・山田が脚色し、多彩な活動をしている瀧川英次の演出で舞台化されると知って、ようやく重い腰があがった次第。
仕事も彼氏も失って八方ふさがりの幸恵が、元カレ(男ともだちか?)の友朗に貸した20万円を取り返しに行ったところが、友朗といっしょにそのお金をほうぼうに借りに行く羽目になる1日を描いたものだ。
壁があるだけの裸舞台、しかし壁には多少でこぼこがみえる。簡素な舞台美術とみせて、物語がはじまってすぐ、この壁におもしろい仕掛けがあることが次々に示されてゆき、それが大変楽しい作りだ。コンピューターに制御された巨大装置ではなく、俳優自身が演技をしながら動かし、裏側にもおそらくスタッフが控えていて、呼吸を合わせながらの「人力」によるものであろう。こういう方法を考えついて、形にできることに感嘆。小説を舞台化する苦労が、みるものにとっては楽しみになる。まずこの創意工夫と遊び心にあふれた舞台美術と演出は大成功であろう。
幸恵を伊勢佳世、友朗を内浦純一、ふたりが20万円をかき集めに訪れる先々で出会う女性たちを歌川椎子、安藤聖、石澤美和、浅野千鶴がそれぞれ2役ずつ演じわける。浅野が演じた婦人警官の造形がおもしろく、表情や短い受け答えのタイミングも抜群だ。「今日は帰りに甘いパンとジョアを買いたいので」。この台詞には笑った。
一見ちゃらんぽらんな友朗だが、不思議なことに彼にお金を貸すのを厭わない女性たちがこうもたくさんいるのである。預貯金の残高が100万円を切ったと焦る幸恵は、彼との1日で次第に心が変化してゆく。
特殊な設定でもなく、話の展開も何となく読める。人物像はそれぞれおもしろいが、全編喜劇調で進行することもあって、いずれも陰影に乏しい。しかしみていて嫌な気分にならない舞台というのは、貴重ではなかろうか。被災地だけでなく、各地で黙祷が捧げられた3月11日の14時46分は、『素晴らしい一日』をみているあいだに過ぎてしまった。あのあまりに突然で想像を絶する1日から1年たった今日みた芝居が『素晴らしい一日』であるのは複雑な思いであったけれども。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます