* 永井愛作演出 公式サイトはこちら 31日まで東京芸術劇場シアターイーストののち3月7日まで全国ツアー(1,2,3,4,5,6,7,8,9,10,11)
「メディアをめぐる空気」(ver1,2)シリーズ完結編は、再びテレビ局を舞台にニュース番組制作の現場の攻防を描く。舞台は民間テレビ局の一室である。椅子として使われる箱がいくつか置かれただけの舞台美術や、上手の窓を見た瞬間、「あの部屋だ」と背筋がぞくりとした。ver.1と同じテレビ局、桜木というニュース番組のプロデューサーが、誇り高く気骨ある故に自死した場所なのである。これまでの2作を観劇していればもちろん、今回の最新作からスタートでも充分味わえる。客席はフルに使用しているが、シス・カンパニーから借り受けたというパーテーションが全席に設置されているので、連れがあっても否応なく会話を控える「空気」であり、何より安心度が高い。
「メディアをめぐる空気」(ver1,2)シリーズ完結編は、再びテレビ局を舞台にニュース番組制作の現場の攻防を描く。舞台は民間テレビ局の一室である。椅子として使われる箱がいくつか置かれただけの舞台美術や、上手の窓を見た瞬間、「あの部屋だ」と背筋がぞくりとした。ver.1と同じテレビ局、桜木というニュース番組のプロデューサーが、誇り高く気骨ある故に自死した場所なのである。これまでの2作を観劇していればもちろん、今回の最新作からスタートでも充分味わえる。客席はフルに使用しているが、シス・カンパニーから借り受けたというパーテーションが全席に設置されているので、連れがあっても否応なく会話を控える「空気」であり、何より安心度が高い。
現政権にべったりの政治ジャーナリスト横松(佐藤B作)が番組本番を前に37.4度の熱を理由に別室での待機を余儀なくされる。若いAD袋川(金子大地)、たたき上げのチーフディレクター新島(和田正人)にも尊大にふるまい、左派寄りを理由に今日の放送を以て異動になるチーフプロデューサー星野(神野三鈴)とは天敵の間柄だ。横松は案内された「第9会議室」(確か)が桜木が飛び降りた部屋と聞かされて顔色を変える。
コロナ禍のさなかにあるテレビ局が生放送の本番直前にあって、桜木の話題に激しく動揺し、かつて舌鋒鋭く政権を批判して大衆を鼓舞し、桜木に慕われていた過去の自分が、やがて彼の失望の対象となったことに苦悩する横松と、自分の足場を揺り動かされ、立ちすくむ星野を中心とする局側の人々の攻防が描かれる。
横松お気に入りのサブキャスター立花(韓英恵)も含めて登場人物がわずかに5人でありながら、その周辺に蠢くテレビ局の大ぜいの人々、政治家からの圧力、権力闘争が炙り出され、休憩無しの1時間45分が倍にも感じられるほど濃密な舞台だ。
恐ろしいのは、横松の変節は自らの無力というより、どれほど熱く語っても手応えのない大衆への失望であったことである。無能な政権に骨抜きのジャーナリズム。いやそれより最も情けないのは、その状況を知ろうとしなかったり、知っても自分の頭で考えようとせず、考えてもそこで諦めて何の行動もおこなさない大衆、わたしたち一人ひとりであることを突きつけられる。今舞台で起こっている騒ぎは全くの作りものの世界ではなく、わたしたちの現実そのものなのだ。
横松が日本学術会議に関する政府の秘密文書を見せ、これを番組で公開すると言う。今度は大丈夫、きっとうまくいく。現政権をひっくり返し、ほんとうの民主主義、わたしたち皆が幸せに暮せる、誇りに思える国になる!しかし劇作家の筆は容赦なく二転三転、いや四転して、最後の最後まで観客を安堵させない。訪れた結末は苦く、やりきれない。『ザ・空気』のこれまでの2作を思い出せば、そう簡単にうまくいくとは思えないはずだが、息づまるような展開に思わず前のめりになり、「今度こそ」と期待した。しかし『ザ・空気』は『半沢直樹』ではなかった。あれほど権高だった横松が自省ののちに奮い立ち、及び腰の新島は勇気を振り絞る。袋川は自暴自棄ながら観客に希望を抱かせ、自己嫌悪に陥る立花もやがて立ち直るだろう。短い時間で変貌した人々を星野は受け止められなかった。自分こそジャーナリズムの良心たらんと努めてきた彼女が頽れるすがたは痛々しい。そして腹立たしく情けないのは舞台に対してではなく、自分に対して、なのだ。
だかしかし、客席からは熱く長い拍手が続き、カーテンコールに再び登場した佐藤B作は「ありがとうございました」と両手を挙げて応え、神野三鈴は涙ぐみ、手を合わせて祈るようなしぐさをみせた。若手の3人も含め、弾けるような笑顔ではない。劇の内容の厳しさや結末の苦さもあるだろうが、厳戒態勢下での上演の緊張や不安を想像する。この作り手の健闘を、ただ一夜のものとはできない。非常に重く、大切なものを手渡された。月末までの芸劇、北九州、滋賀、愛知、東北までどうか最後まで無事に公演が続きますようにと祈らずにはいられない。
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