*マダマダムーンプロデュース 過剰サスペンス劇場 米山和仁(ホチキス)作・演出 公式サイトはこちら サンモールスタジオ 公演は10月1日まで
「家政婦がやってきた。見ているだけじゃ、すまなかった」チラシには挑発的なコピーが大書され、いかにも怪しげな家政婦さんの写真が。これを手に取るとどうにも落ち着かなく、予備知識ゼロでチケットを予約した。父母はそれぞれ娘を連れての再婚同士という神宮家に、家政婦のみどり(丹野晶子/ロリータ男爵)がやってくる。家事だけでなく、家庭の問題、家族の悩みも何でも解決するのだという。「了解しましたー」「家政婦ですからー」という間延びした口調だが、みどりは家族ひとりひとりの心のすきまに巧妙に入り込み、神宮家の雰囲気を変えていく。母(ザンヨウコ/危婦人)がバリバリと働き、父(山田伊久磨/エッへ)が専業主夫をしている。母の連れ子のマリ(武田真由美)は私立高校でお笑い研究会に所属し、芸の追求に必死。父の連れ子の亜矢子(内山奈々/チャリT企画)は引きこもりである。最初は迷惑がっていた家族が、みどりのさまざまな試みによって次第に変っていく様子は、「もしかしたらこれは温かなホームドラマなのかも?」と思わせた。しかし、これは「過剰サスペンス劇場」なのである。有能な家政婦が実は、キャリアウーマンの母が実は、父と亜矢子は実は…と次々に明かされる真実、というか「そ、それって何?」という仰天ストーリーに、展開がまったく読めなくなる。気がつくと全身前のめりに。
家族の形に決まりはない。第三者からみて多少変であっても、当事者が幸せならば、と思っている。しかしどうしても、強く立派な父親が外で働いて家族を支え、優しく賢い母が家事をして皆の世話をする、子どもたちは両親に守られて元気に育つ形が理想であるというイメージ、思い込み、擦り込みがあることを認めざるを得ない。どんなに新しがってみても、やっぱりその形がもっとも自然でふさわしいのではないか。家族が幸せに暮らすことは、平凡だが実に難しい事業である。からだも心も安らげる、最も温かな場所が家庭であり、誰よりも心を開いて安心できる相手が家族であってほしいが、そうならない現実もあり得る。家庭は逃げ場のない、最も忌まわしい場所になり、家族は敵対する相手となる。いったい家族って、幸せって何?
『家政婦はいた』はあまりにありえない話なので、↑疑問の答にはならないし、悩む人に解決方法を示すものでもないが、心の傷を少しやわらげ、気を楽にさせてくれる。当日リーフレットによると、マダマダムーンは劇団危婦人の制作団体として活動を始め、「いいものをつくるためには手段を選ばない」を活動概念(活動理念ではなくて?)にしているそうである。ロリータ男爵、ホチキス、エッへ、チャリT企画いずれも未見のカンパニーに、俄然興味が沸いてきた。次回公演のチラシもしっかりゲット。これが因幡屋の「家政婦」効果なり。家政婦のみどりさんに感謝!
「家政婦がやってきた。見ているだけじゃ、すまなかった」チラシには挑発的なコピーが大書され、いかにも怪しげな家政婦さんの写真が。これを手に取るとどうにも落ち着かなく、予備知識ゼロでチケットを予約した。父母はそれぞれ娘を連れての再婚同士という神宮家に、家政婦のみどり(丹野晶子/ロリータ男爵)がやってくる。家事だけでなく、家庭の問題、家族の悩みも何でも解決するのだという。「了解しましたー」「家政婦ですからー」という間延びした口調だが、みどりは家族ひとりひとりの心のすきまに巧妙に入り込み、神宮家の雰囲気を変えていく。母(ザンヨウコ/危婦人)がバリバリと働き、父(山田伊久磨/エッへ)が専業主夫をしている。母の連れ子のマリ(武田真由美)は私立高校でお笑い研究会に所属し、芸の追求に必死。父の連れ子の亜矢子(内山奈々/チャリT企画)は引きこもりである。最初は迷惑がっていた家族が、みどりのさまざまな試みによって次第に変っていく様子は、「もしかしたらこれは温かなホームドラマなのかも?」と思わせた。しかし、これは「過剰サスペンス劇場」なのである。有能な家政婦が実は、キャリアウーマンの母が実は、父と亜矢子は実は…と次々に明かされる真実、というか「そ、それって何?」という仰天ストーリーに、展開がまったく読めなくなる。気がつくと全身前のめりに。
家族の形に決まりはない。第三者からみて多少変であっても、当事者が幸せならば、と思っている。しかしどうしても、強く立派な父親が外で働いて家族を支え、優しく賢い母が家事をして皆の世話をする、子どもたちは両親に守られて元気に育つ形が理想であるというイメージ、思い込み、擦り込みがあることを認めざるを得ない。どんなに新しがってみても、やっぱりその形がもっとも自然でふさわしいのではないか。家族が幸せに暮らすことは、平凡だが実に難しい事業である。からだも心も安らげる、最も温かな場所が家庭であり、誰よりも心を開いて安心できる相手が家族であってほしいが、そうならない現実もあり得る。家庭は逃げ場のない、最も忌まわしい場所になり、家族は敵対する相手となる。いったい家族って、幸せって何?
『家政婦はいた』はあまりにありえない話なので、↑疑問の答にはならないし、悩む人に解決方法を示すものでもないが、心の傷を少しやわらげ、気を楽にさせてくれる。当日リーフレットによると、マダマダムーンは劇団危婦人の制作団体として活動を始め、「いいものをつくるためには手段を選ばない」を活動概念(活動理念ではなくて?)にしているそうである。ロリータ男爵、ホチキス、エッへ、チャリT企画いずれも未見のカンパニーに、俄然興味が沸いてきた。次回公演のチラシもしっかりゲット。これが因幡屋の「家政婦」効果なり。家政婦のみどりさんに感謝!
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