因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

劇団民藝『囲われた空』

2024-12-07 | 舞台
*原作=クリスティン・ルーネンズ原作 デジレ・ゲーゼンツヴィ脚色 河野哲子訳(『囲われた空 もう一人の<ジョジョ・ラビット>』小鳥遊書房刊*同社サイトでは書籍の一部を試し読みできる)丹野郁弓上演台本 小笠原響演出 『囲われた空』公式サイトはこちら 紀伊國屋サザンシアターTAKASHIMAYA 15日まで
  
 映画『ジョジョ・ラビット』(2020年公開/アカデミー賞脚色賞受賞)は、第二次大戦中のドイツで、青少年集団「ヒトラーユーゲント」で奮闘する少年と、彼の空想上のヒトラーとの交流というイマジナリーな趣向で戦時下の人々の姿をコミカルに描きつつ、戦争の残酷さを示した作品である。残念ながら未見だが、ネットの感想や口コミを覗くと、非常に好感度の高い作品として注目を集めたようだ。その映画の原作小説『Caging Skies』(囲われた空)を、ベネズエラ生まれのデジレ・ゲーゼンツヴィが戯曲化したのが今回の舞台である。

 本作を翻訳した河野哲子が、劇団の機関誌「民藝の仲間」第764号掲載のインタヴューにおいて、前記の映画『ジョジョ・ラピット』への違和感が戯曲翻訳のきっかけになったことを語っている。また映画に登場しない祖母(日色ともゑ)の存在が非常に重要であり、それは孫のヨハニスへの愛情だけではなく、「ナチスドイツに対する嫌悪感の希薄さに由来する」ことであるとのこと。観劇を前に緊張が高まる。

 物語は第二次大戦下のウィーン、およそ1年半、家の中だけで進行する。舞台にはヨハニスと母ロスヴィタ、祖母の暮らす家が作られているが、場面によって舞台が廻り、ヨハニスの寝室、家族がそろう居間、書斎の3つの空間を見せる効果的な作りだ(松岡泉装置)。

 ヨハニスはある日、家の中にユダヤ人女性・エルサが潜んでいることを知る。両親が彼女を匿い、母が密かに世話をしていたのだ。ヒトラーに心酔するヨハニスとエルサの出会いによって、ヨハニスとその家族の心象が変容するさまを容赦なく描く2時間45分の物語である。

 両親はリベラルな思想を持つ。父はすでに当局に捕らえられ、収容所へ送られたらしい。母にも迫害の手が伸びる。ヒトラーへの忠誠を誓う息子ヨハニスと母は激しく衝突し、互いへの不信を隠さない。ナチス政権による圧政は家庭の中にも影響をおよぼし、家族に分断を生んでいることを目の当たりにした。特に後半、すがたを消したエルサの行方を必死で尋ねるヨハニスに対して、母は頑なに拒否する。親子なのに、ここまで信じられないのかと驚く一方で、もし息子に真実を伝えた場合、当局の酷い仕打ちから彼を守りたいという母の決死の愛情であるとも言えるのである。

 ヨハニスとエルサは若手のダブルキャスト(Aプロ:神保有輝美、一之瀬朝登、/Bプロ:釜谷洸士、石川桃)で、自分はAプロを観劇した。ヨハニスには幼さが残り、直情的である。エルサの命運は彼の手の中にあるが、8歳年上のエルサには行方不明の婚約者がおり、慎重で複雑な感情を示す。そんなふたりが惹かれ合う様相はこちらの息が詰まるような緊張感と同時に瑞々しく、時にユーモラスでもある。若手俳優ふたりは生硬なところが好ましく、支えてやりたくなるような共感を生む。母ロスヴィタは難しい役どころであるが、石巻美香の堅実な造形によってナチス政権下における良心が示された。そして祖母(なぜか名前がない)は、河野の指摘通りまことに重要な人物だ。エルサの存在を知っているのかどうか、孫ヨハニスの気持ちなどお見通しのようだが、軽い認知症らしき言動も見せる。時折本質的なことをさらりと言ってのける大胆なところもあり、日色ともゑは小柄なからだや声質はじめ、当て書きかと思うほどこの役にぴったりだ。ただ可愛らしくおもしろい老女ではなく、時代に翻弄された庶民の暗部を感じさせるところもあり、決して凡庸ではない。

 ヨハニスの台詞に「お国のためにならない」であったか、「お国」という言葉があったこと、祖母の白髪は自然であったが、ヨハニスと母が金髪あるいは赤毛に染めていた(ウィッグかもしれない)点が気になった。エルサの黒髪との対比を可視化するためなのだろうか。必要とは思えないのだが。

 戦争は終わった。ヨハニスとエルサがどんな戦後を生きるのか、容易に想像ができない終幕に、「ここで終わりなのか?」と一瞬戸惑ったが、たやすく希望を抱かせない厳しさを受け止めて劇場をあとにした。
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