因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

第39回名作劇場『母の死・大臣候補』

2014-10-29 | 舞台

*川和孝企画・演出 オフィス樹制作 公式サイトはこちら 両国 シアターχ 11月1日まで  これで39回を数える名作劇場には、当ブログ開設前の97年の第4回公演に一度足を運んだきりだったが、12年の34回公演がようやく初記事となった(1)。あまりあいだをおかず、今回の観劇となったのは幸いである。

 能島武文『母の死』
 ひとりの母が死の床に瀕している。医師や息子、姪。父はそとに女がいて、何度も連絡しているが顔をださない。病人が亡くなってからやっと現れた父を息子はなじるが、父もまた息子に辛辣なことばを浴びせる。亡骸を前に諍う父と息子の悲哀。

 長谷川如是閑『大臣候補』
 大臣候補とされる官僚出身の男が、大臣確定の知らせを待っている。家族、愛人、娘の縁談が絡んでいる子爵、女ペンキ屋などの思惑が絡む。

 公演パンフレットによれば、『母の死』は大正14年の「演劇新潮」新年脚本号に掲載されたが上演の形跡がなく、「初演なのかも知れない」(演出の川和孝)とのことである。
 題名通り母の死によって、複雑な家庭の様相や家族ひとりひとりの思惑、深い断絶が容赦なくあぶりだされる。なぜ父は二十数年も家庭を顧みなかったのか、娘同様の姪の存在をどうとらえればよいのか、死に瀕した母が繰りかえし口にした「玉にして」のことばの意味は?

 などなど不明な点はいくつもあり、それが必ずしも解き明かされないまま幕を閉じる。そのことは芝居をみる妨げにはならない。ただ芝居ぜんたいが作りだす空気というのか、俳優の演技の方向性というのか、どこかこちらの心にしっくりしない箇所が散見し、終幕の「どうして夜が明けないのか」という息子の悲痛なことばに、しっかりとつながっていない印象をもった。
 たとえば往診の医師である。この家とは長いつきあいがあって、複雑な事情も知っており、一家のあるじがなかなかすがたをあらわさないことを医師の立場から案じてもいる。脇筋の人物とはいえ、重要な役である。
 その医師が治療にあたるときの所作がぎくしゃくして妙な間があったり、病人がいよいよ今わの際のごとき声をあげているのに、背を向けたままでいたりする。医師としての冷静な態度ではなく、「聞こえていない」背にみえるのである。医師のありようは物語の進行に直接影響を及ぼすものではないにしても、脇の人物が、からだの向きひとつ、所作のひとつひとつに綿密な造形をすることで、舞台に奥行きが生まれ、物語の構造がより明確になるのではないか。

 『大臣候補』は、国政はもちろん、国のありようや国民の幸せなどには関心がなく、ひたすら権力の座に着くことに執着する官僚出身の実業家を中心に、あわよくば甘い汁を吸おうとする 周囲の人々、気弱で足元のしゃんとしない息子が、かつての恋人がペンキ屋として自立したすがたに奮起したり、幼いながらも大人たちのすがたを的確にとらえ、自分の意見をはっきりと主張する娘など、人物の立場、性格、背景は多岐に及んでおり、決して単純なドタバタ劇ではない。

 しかし一部の人物が過度に喜劇的で大仰な演技をしているために、こちらは笑うよりさきに引いてしまい、本作がもつ痛烈な社会風刺の面が薄まっていると思われる。

 名作劇場の公演に何度も出演している人、今回がはじめての人など、それぞれ経験値がちがい、実力にも差がある老若男女の俳優陣が、おそらく短い稽古期間でひとつの舞台をつくるのは非常に困難を伴うことと想像する。俳優たちをどのように導くかは、演出家はじめ制作側の重要な役割であり、俳優にしても今回の舞台だけを首尾よくつとめればよいわけではなく、これから先どのような俳優になりたいのか、そのために必要なことは何かなど、将来を考えなくてはならない。
 所属劇団の公演ならいざ知らず、あちこちのプロデュース公演に出演する場合、本人がよほどしっかりと将来のビジョンを持たなければ、次につながっていかないのではないか。

 上演の機会が少ない作品を取り上げ、年2回の公演を行っている名作劇場の試みはとてもすばらしいものだ。作り手の方々には大変な苦労があると察せられ、頭が下がる思いである。
 緻密で的確な俳優の造形があれば、それを引き出す演出があれば、戯曲の魅力、おもしろさをより明確に示せるのではないかと期待するのである。

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 劇団印象第20回公演『匂衣~T... | トップ | Pカンパニー第14回公演『沈黙』 »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

舞台」カテゴリの最新記事