時事通信が、高倉健さんに東京都世田谷区の東宝スタジオで行ったインタビューを掲載しています。他のインタビューでは語られていないことを含んでおり、貴重です。記録しておきましょう(赤字がインタビュアーです)。
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高倉健さんインタビュー
時事通信
映画を見捨てられない
寡黙、律儀、すごみ―。日本を代表する名優、高倉健さん(81)は、200本を超す多彩な出演作で、俳優としての持ち味を存分に発揮してきた。2012年夏には、6年の沈黙を破って主演した映画「あなたへ」が大ヒット。その圧倒的な存在感を改めて見せつけた。
80代を迎え、演技に円熟味が増す「我らが健さん」。映画公開に際してのロングインタビューで、新作や映画界への思い、俳優としてのこだわりなどを聞いた。(文化部・小菅昭彦)
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「あなたへ」は、亡くなった妻の遺骨を彼女の故郷の海に散骨するため、富山市から長崎県平戸市へ向かう男の姿を描くロードムービー。高倉さんの代表作の一つ「居酒屋兆治」なども手掛け、今作が20作目のタッグとなる降旗康男監督がメガホンを取った。
最初は「つまんねえ本だな」とか、「もうちょっと何かないの?」とか、いろいろと文句を並べていました。でも、降旗監督の中で昇華された作品を見ると、出ている人間が言うのもおかしいけれど、「ほーっ、すごいなあ」と感心しましたね。
映画出演は中国のチャン・イーモウ監督による「単騎、千里を走る。」(=日本公開は2006年)以来。日本とは異なる中国の映画作りの現場に触れてショックを受け、映画への意欲が薄れたという。
僕が何十年も追っ掛けていたのは、「高いギャラが欲しい」とか、「こういう待遇にしてくれ」とか、そんなことばかりでした。そんな時に「単騎、千里を走る。」に出て、仕事をするのがとても空しくなったんですよね。理由はずっと考えているんだけど、いまだに出てこない。どこかで「これだったのか!」というのが出てくるんでしょうけど…。
映画以外で売れている人が「会いたい」と言ってきたこともありました。でも、映画じゃないところで「大先生」になっている人と、(映画の)仕事をしたいとは思わなかった。(出演すると)何か自分がすごく情けなくなったような気がしてね。負けん気ですよね。僕は、映画を見捨てたみたいになりたくないんです。
不幸そうでも幸せな男
そんな高倉さんが「あなたへ」に出演することを決めた動機は、降旗監督の存在だった。
もしかしたら(78歳と高齢の)監督が「もうやめます」と言うかもしれないので、もう一本、降旗監督と仕事をしておかないといけないなと思って。そんなにベストの体調ではなかったと聞いていますから。こういう(素晴らしい)監督が日本にいることを、スタッフを含めて知らない人がまだまだいるので、「(自分が出演することで監督のことを)ぜひ知ってもらいたい」という気持ちもありました。
「あなたへ」で演じるのは、北陸の刑務所の指導技官、倉島英二。亡き妻との時間を思い起こしながら旅を続ける英二は、さまざまな出会いを通して、心の整理を付けていく…。高倉さんはこの役にどんな思いを抱いたのだろうか?
倉島は何となく不幸そうに見えるけれど、僕は幸せな男だと思っています。監督も、「こういう男が男らしい」というメッセージを送っているんでしょうね。
自身が作品や役どころに込めたメッセージを尋ねると、高倉さんは「あまり考えません」と応えた。自分の解釈を役にぶつけるより、あくまで脚本にのっとり演じていくタイプだという。
自分で解釈とかはあまり言いませんね。「これ、言いにくいな」というせりふは、前日あたりに相談しますけど。だって、「このせりふは言いたくない」なんて僕が口に出すと、受ける側の俳優さんのせりふがなくなってしまうでしょう。自分では言いたくなくても、そこは相手役の芝居場ということもありますから。(演じるに当たっては)役のイメージをあらかじめ決めず、徐々に固めていきます。だから、共演する人がものすごく大事というか、影響を受けますよね。
大滝秀治さんの演技に感動
「あなたへ」の共演者には、日本の映画・演劇界を代表する俳優が多いが、中でも長崎の漁師役の大滝秀治さんと、詐欺師の男を演じたビートたけしさんの芝居に感銘を受けたと、高倉さんは明かす。
大滝さんが演じる漁師のせりふに、「久しぶりに美しい海を見た」というのがあります。「『美しい海』を見た」とは、いつもは美しくないわけですね。長崎のあの海は遠藤周作さんの「沈黙」の舞台にもなったり、さまざまな歴史を背負っている。今も人も死ねば、密輸も(海難事故などをめぐる)保険金詐欺もあるでしょうし、相当いろんなことが起きていると思うんです。だから、あの舞台じゃないと成り立たないせりふなんです。
「やっぱり若いライターじゃだめだよな」とか陰でグチグチ言っていましたが、大滝さんの演技を見て「そういう意味だったのか」となった。(感動して)涙が出ましたよ。どこかで「(主人公が)あんなに遠くへ行かなくてもいいじゃないか」と思っていたけれど、僕が映画の舞台について勉強不足で、ライターは造詣(ぞうけい)が深かったということですね。
「大滝さんが素晴らしい」といろんな場所で話したら、ご本人からお手紙を頂きました。「一つのせりふには九つの言い方があるという教育を受けたけれど、私は一つだと思っています。あの時、私は心を込めて、その一つをしゃべりました。それを分かってくださってうれしい」とつづられていました。僕はそのお手紙を額に入れて飾ろうと思ってます。
ビートたけしさんの演技については、日ごろから「何とも言えない色っぽさがある」と感じているという。
たけしさんの役は、法律を犯している悪人だけど、いい人なんです。降旗さんが言う「お刺身を食うときの生のわさび」みたいな役どころで、一番おいしい役ですよ。憧れます。
あの役で出演のオファーがあったらですか? やりますね。主演かどうかなんて、関係ないです。もちろん、たけちゃんのようにはできないから、僕なりに考えて演じると思います。
映画は残る!
高倉さんにとって、「あなたへ」は205本目の映画出演作。これまで「網走番外地」「日本侠客伝」をはじめとする東映やくざ映画から、「幸せの黄色いハンカチ」などの人間ドラマ、「ブラックレイン」といった海外作品まで、多彩なジャンルの作品に出演してきた。数多い作品の中で、特に印象に残るのは大ヒットした「八甲田山」だという。
もう「八甲田山」みたいな映画は二度とできないですよね。(今の映画界で)撮影に3年もかかるような話は作ることができるわけがない。僕自身は(撮影で)酷い目に遭ったので、恨んでいますけど(笑)、あの作品に出演したから今の自分があるのかなと思ったりもします。「映画ってこういうことなのか」と体感した作品なので。これは劇団に1年やそこら行っても、とても教われるものではありません。
「八甲田山」の舞台あいさつで浅草の映画館へ行ったら、劇場の外に人があふれていた。祭りでもあるのかと思ったら、「僕らのあいさつを聞きにきた」と。どこへ行っても(観客が多すぎて)映画館のドアが全部開いていて、劇場で気絶する人を何回も見ましたよ。
映画の将来についても聞いてみた。
収益を上げるというという意味では、映画は難しくなっている。家庭で何回でも繰り返して自由に見ることができるし、DVDやブルーレイの普及で音も映像も良くなっていますし。映画館に不利な状況ばかりですよね。特に、「大人の映画」が(興行的に)難しくなっているのは事実です。映画で最高の収入を上げて、劇場のドアが閉まらなくなるなんてことは、もうないでしょう。
でも、「映画」は残ると思います。「ローマの休日」とか「アラビアのロレンス」みたいな強烈な作品に、みんながもう一回しびれるときが来るんじゃないですかね。
この間、「ディア・ハンター」を改めて見せてもらいましたけど、やっぱり強烈でした。「すげえな」って思った。それは、とてもテレビでは感じることはできないですよね。
監督への信頼
デビューから50年以上のキャリアの中でさまざまな役を演じてきたが、作品選びで「スター高倉健」のイメージは意識するのだろうか?
(笑いながら)そんなものはありません。全くないですね。
でも、やっぱり切ない役をやりたい。たとえ一言も言わなくても、「(生きる)切なさ」が出れば良い俳優なんじゃないですかね。
出演作を決める大きな基準は「監督への信頼」と語る。続けて、黒澤明監督との間であったエピソードを披露してくれた。
降旗監督の「居酒屋兆治」の準備が進んでいたとき、黒澤さんの「乱」に(鉄修理=くろがね・しゅり=役で)出演できるという話があった。でも、僕が「乱」に出ちゃうと「居酒屋兆治」がいつ撮影できるか分からなくなる…。とても僕が悪くて、計算高いやつになるという風に追い込まれて、僕は黒澤さんのところへ謝りに行きました。
あの時、黒澤さんは僕の家に4回いらして、「困ったよ、高倉君。僕の中で鉄(くろがね)の役がこんなに膨らんでいるんですよ。僕が降旗君のところへ謝りに行きます」とまで言ってくれた。でも、僕は「いや、それをされたら降旗さんが困ると思いますから。二つをてんびんに掛けたら、誰が考えたって世界の黒澤作品を選ぶのが当然でしょうが、僕にはできない。本当に申し訳ない」と謝った。黒澤さんには「あなたは難しい」って言われましたね。
その後、「乱」のロケ地を偶然通ったことがあって、「畜生、やっていればな」と思いましたよ。
ただ、黒澤監督の晩年の作品には、良いものがないと思うんですよね。僕は、監督が(作品の常連だった)三船敏郎さんと別れたのが大きい気がする。志村喬さんもそうだったけれど、三船さんは(黒澤作品の)エンジンの大きな出力だったのでしょう。二人が抜けたことで、その出力がどーんと落ちた。怖いですよね。映画は絶対に一人ではできないんですよ。
最後の作品?
「あなたへ」は公開初日で10万人を動員。配給元の東宝は、最終的な動員数を250万人と見込む。「スター高倉健」のパワーを存分に発揮したことで、次回作への期待がますます高まる。
これで最後じゃないでしょうか? そんなこと言いながら、来年、すぐに出たりしてね(笑)。
外国からオファーは来ていますが、進んでいる企画はありません。出たいのはフランスが舞台の映画。どこにカメラを向けても絵になるという点では、イランもいいですね。
そのときは、スタッフの中に現地の人も入れて、外国で仕事をするのはこういうことだと、日本人スタッフに味わってもらいたい。自分の経験からも、外へ出て行って外国の人と仕事をするというのは、すごい勉強になるから。
最後に、こんなプランを教えてくれた。
最近、じじいのテキ屋二人が日本で商売がしにくくなって、外国に行く話ができないかなと考えています。
パリあたりで日本人の観光客をだましまくって、憎たらしい政治家に悪い女を当てがったりもするんだけど、だまそうと思った女性に心を奪われて商売ができなくなってしまう。まるで「ローマの休日」みたいな話を、田中邦(衛)ちゃんとできないかなと思っていて。「誰か本を書いてよ」とプロデューサーに言っているけれど、誰も書いてくれないんですよ(笑)。
プロフィール
【高倉健さん略歴】 1931年2月16日、福岡県生まれ。明治大卒業後、第2期ニューフェイスとして東映に入り、56年に映画デビュー。「日本侠客伝」「昭和残侠伝」「網走番外地」などの東映やくざ映画シリーズでスターになった。1970年以降、「八甲田山」「幸福の黄色いハンカチ」で日本アカデミー賞主演男優賞を受賞したほか、「遥かなる山の呼び声」「南極物語」「居酒屋兆治」といった話題作に多数出演。リドリー・スコット監督の「ブラック・レイン」や、チャン・イーモウ監督の「単騎、千里を走る。」などの海外作品も数多く経験している。その他の出演作に「駅(STATION)」「四十七人の刺客」「鉄道員(ぽっぽや)」など。1998年に紫綬褒章を受章。2006年、文化功労者。
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映画以外で成功した大先生とは、だれのことなのでしょう?知りたいですね。
大滝秀治さんが手紙を健さんに贈る。いい話です。
健さんの「せつない」役。もっと見たいです。
黒澤監督も、健さんに主役をやればいものを脇役ですものね、健さんも引き受けにくいですよね。でも、見たかった。
田中邦衛さんとのジジイ詐欺師の映画、絶対見たいです。ぜひお願いします。
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