新宿歌舞伎町から映画館がなくなろうとしています。
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東京・歌舞伎町:銀幕街、消えゆく老舗 昨秋14館→先月末4館に
◇近くにシネコン、客激減
国内有数の銀幕街としても知られる東京・歌舞伎町から次々と老舗の映画館が姿を消している。施設の老朽化とシネマコンプレックス(複合映画館)の進出で客が激減。60年近い歴史を持つ「新宿オデヲン座」など3館が11月末で閉館し、昨年秋までの14館がたった4館になってしまった。「歌舞伎町は役割を終えたのでは」。映画関係者からそんな声も上がっている。
正月映画の封切り直前に閉館したのは映画興行会社の東亜興行が運営する3館。中でもオデヲン座は1951(昭和26)年開業の老舗で、東宝系洋画を中心に上映してきた。落合秀一副支配人は閉館理由について「建物が古くなり、シネコンにも客を奪われて採算が合わなくなった」と話す。
歌舞伎町のすぐそばの新宿三丁目には07年に「新宿バルト9」、08年に「新宿ピカデリー」と二つのシネコンがオープンし、映画館に向かう人の流れが変わった。落合副支配人によると、オデヲン座の客の入りは、ひどい時で半分になったという。
戦争の焼け跡から歓楽街として復興した歌舞伎町には、47年に「新宿地球座」(新宿ジョイシネマの前身)が誕生。56年には「新宿ミラノ座」、69年に「新宿プラザ劇場」が開業し、収容人員1000人を超える大館が並んだ。新宿ミラノ座で上映された「E・T・」(82年12月~83年5月)は1館で観客動員52万6588人、興行収入7億円超を記録し、ギネスブックが記録と認定した。
だが、歌舞伎町のランドマークだった「新宿コマ劇場」が昨年末で閉鎖。同時期に新宿プラザ劇場と「新宿コマ東宝」が閉館したのを皮切りに老舗館の撤退が相次ぐ。5月まで「新宿ジョイシネマ」を運営していたヒューマックスシネマの松本学シネマ事業グループ次長は「設備が整った新劇場で同じ作品を上映されれば、客を取られてしまうのも仕方ない」と話した。
キネマ旬報映画総合研究所の掛尾良夫所長(59)は「歌舞伎町はかつて日本で最も興行収入の上がる映画街としてにぎわったが、コマ劇場とともに施設が築50年を超えた。『大衆文化の発信地』としての役割を終えたと言えるのでは」と話している。
新宿ミラノ(新宿ミラノ座から改称)など残る4館を運営する東急レクリエーションは、映画館の存続を前提に、現在のビルを再開発する方針という。【小泉大士】
(毎日新聞 2009年12月1日 東京夕刊)
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いまは新宿ピカデリーかバルト9に自転車で行くときに通過する歌舞伎町。そのたびに街が不健康にさびれていくのを見て、哀しい思いをしていました。
近くですから、バルト9ができる前までは結構利用させてもらっていたのですが、そのたびに施設の古さには唖然とさせられました。正直、「まだやっているの」と思ったほど。
でも、あの一角が「シネコン」だったわけです。映画のはしごをするのは絶好でした。このまま映画館が消えてしまうと、さらに歌舞伎町が一般市民から危険な場所になってしまいそう。どうにかあの一角に、昔の健康的な活気を取り戻せないものでしょうか。
ちょっとセンチメンタルな気分になるニュースでありました。
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東京・歌舞伎町:銀幕街、消えゆく老舗 昨秋14館→先月末4館に
◇近くにシネコン、客激減
国内有数の銀幕街としても知られる東京・歌舞伎町から次々と老舗の映画館が姿を消している。施設の老朽化とシネマコンプレックス(複合映画館)の進出で客が激減。60年近い歴史を持つ「新宿オデヲン座」など3館が11月末で閉館し、昨年秋までの14館がたった4館になってしまった。「歌舞伎町は役割を終えたのでは」。映画関係者からそんな声も上がっている。
正月映画の封切り直前に閉館したのは映画興行会社の東亜興行が運営する3館。中でもオデヲン座は1951(昭和26)年開業の老舗で、東宝系洋画を中心に上映してきた。落合秀一副支配人は閉館理由について「建物が古くなり、シネコンにも客を奪われて採算が合わなくなった」と話す。
歌舞伎町のすぐそばの新宿三丁目には07年に「新宿バルト9」、08年に「新宿ピカデリー」と二つのシネコンがオープンし、映画館に向かう人の流れが変わった。落合副支配人によると、オデヲン座の客の入りは、ひどい時で半分になったという。
戦争の焼け跡から歓楽街として復興した歌舞伎町には、47年に「新宿地球座」(新宿ジョイシネマの前身)が誕生。56年には「新宿ミラノ座」、69年に「新宿プラザ劇場」が開業し、収容人員1000人を超える大館が並んだ。新宿ミラノ座で上映された「E・T・」(82年12月~83年5月)は1館で観客動員52万6588人、興行収入7億円超を記録し、ギネスブックが記録と認定した。
だが、歌舞伎町のランドマークだった「新宿コマ劇場」が昨年末で閉鎖。同時期に新宿プラザ劇場と「新宿コマ東宝」が閉館したのを皮切りに老舗館の撤退が相次ぐ。5月まで「新宿ジョイシネマ」を運営していたヒューマックスシネマの松本学シネマ事業グループ次長は「設備が整った新劇場で同じ作品を上映されれば、客を取られてしまうのも仕方ない」と話した。
キネマ旬報映画総合研究所の掛尾良夫所長(59)は「歌舞伎町はかつて日本で最も興行収入の上がる映画街としてにぎわったが、コマ劇場とともに施設が築50年を超えた。『大衆文化の発信地』としての役割を終えたと言えるのでは」と話している。
新宿ミラノ(新宿ミラノ座から改称)など残る4館を運営する東急レクリエーションは、映画館の存続を前提に、現在のビルを再開発する方針という。【小泉大士】
(毎日新聞 2009年12月1日 東京夕刊)
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いまは新宿ピカデリーかバルト9に自転車で行くときに通過する歌舞伎町。そのたびに街が不健康にさびれていくのを見て、哀しい思いをしていました。
近くですから、バルト9ができる前までは結構利用させてもらっていたのですが、そのたびに施設の古さには唖然とさせられました。正直、「まだやっているの」と思ったほど。
でも、あの一角が「シネコン」だったわけです。映画のはしごをするのは絶好でした。このまま映画館が消えてしまうと、さらに歌舞伎町が一般市民から危険な場所になってしまいそう。どうにかあの一角に、昔の健康的な活気を取り戻せないものでしょうか。
ちょっとセンチメンタルな気分になるニュースでありました。
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