ヒルネボウ

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夏目漱石を読むという虚栄 1320

2021-02-01 20:52:56 | 評論

   夏目漱石を読むという虚栄

1000 イタ過ぎる「傷ましい先生」

1300 あらすじすらすらすらと読めない

1320 「中 両親と私」のあらすじ

1321 「本当の父」

 

「上」において、語り手Pは、彼の聞き手に対して、Sをうまく紹介できなかった。語り手PがSに対する青年Pの関心その他を隠蔽しているからだ。

語り手Pにとって都合のいい聞き手を〈Q〉と書く。Pの次だからだが、〈questioner〉の頭文字ということにしておく。Qは作中に登場しない。だが、仮想の語りの場である「此所(ここ)」(上一)にいるのは確かだ。P文書は、PとQの架空対談だ。この対談の聴衆を〈G〉と書く。〈gallery〉の頭文字。Pは、自分とQの馴れあいをGに見せつけて楽しんでいる。Gの原型はPの「兄」(上二十二)だろう。「中」では、語り手Pの代理として、過去の語られるPが「兄」と対決してみせる。こうした展開は、勿論、不合理だ。

 

<かつて遊興のために往来(ゆきき)をした覚(おぼえ)のない先生は、歓楽の交際から出る親しみ以上に、何時か私の頭に影響を与えていた。ただ頭というのはあまりに冷(ひやや)か過ぎるから、私は胸と云い直したい。肉のなかに先生の力が喰い込んでいると云っても、血のなかに先生の命が流れていると云っても、その時の私には少しも誇張ではないように思われた。私は父が私の本当の父であり、先生は又いうまでもなく、あかの他人であるという明白な事実を、ことさらに眼の前に並べて見て、始めて大きな真理でも発見したかの如(ごと)くに驚ろ(ママ)いた。

(夏目漱石『こころ』「上 先生と私」二十三)>

 

ものすごい悪文。

「かつて」は〈一度も〉と解釈する。「遊興」の具体例は不明だが、どうでもいいのか。「往来(ゆきき)」は後出の「交際」の同義語だろう。このあたりの話に中身のないのを隠蔽するために、言葉を取り換えているのだろう。「覚(おぼえ)のない」のはPだ。「覚(おぼえ)のない」には〈実際にはあったかもしれない〉という含意があるが、これは無視すべきなのだろう。「出る親しみ」は意味不明。「歓楽の交際」がないから、それから「出る親しみ」はなく、よって「親しみ以上」は無意味。「頭に影響」は意味不明。

「ただ」は変。〈「頭というのは」~「冷(ひやや)か」〉というのは意味不明で、だから、「冷(ひやや)か過ぎる」は、もっとわからない。「云い直したい」は変。言い直すぐらいなら書き直せばよかろう。言い直すこと自体に何らかの意味合いがあり、それを聞き手Qは読み取らねばならないらしい。Qが何かを読み取ったことにして、PはGをいたぶっているのだろう。

「肉のなか」も、「力が喰い込んで」も、「血のなか」も、「先生の命」も、「命が流れて」も、意味不明。誰に向って「云っても」だろう。「その時の」ではなく、今の「私」つまり語り手Pは、どう思うのか。「思われた」は不可解。〈「少し」は「誇張」だろう〉と、「その時」か、語りの現時点か、どちらかで、PのDが囁く。「誇張」どころか、意味不明。

〈「事実を」~「眼の前に並べて見て」〉は意味不明。「事実」というカードがあるのか。カードは、並べ方次第でその意味が違ってくるものだ。

「大きな真理」と「明白な事実」は裏腹の関係にある。「発見したかの如(ごと)くに」だから発見していないわけだ。Pが「発見した」のは、〈SはPの「本当の父」だ〉という物語だ。この場合の「本当」は、「あるべき姿であること」(『広辞苑』「本当」)といった意味。

 

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1320 「中 両親と私」のあらすじ

1322 「立場」

 

Pは、S夫妻の疑似的「貰(もらい)ッ子(こ)」(上八)になった。そのせいで、実父に対して親孝行の真似事ができるようになる。おかしな話だろう。

 

<折角(せっかく)丹精した息子が、自分の居なくなった後で卒業してくれるよりも、丈夫なうちに学校を出てくれる方が親の身になれば嬉しいだろうじゃないか。大きな考(ママ)を有(も)っている御前から見たら、高が大学を卒業した位で、結構だ結構だと云われるのは余り面白くもないだろう。然(しか)しおれの方から見て御覧、立場が少し違っているよ。つまり卒業は御前に取(ママ)ってより、このおれに取って結構なんだ。

(夏目漱石『こころ』「中 両親と私」一)>

 

Pの「父」がPに語っている。

「息子」はPのこと。「自分」は「父」自身。「居なくなった」は〈死んだ〉だ。Pの卒業を喜び過ぎる父に、Pは不満。「大きな考」がないから、「結構」と言われて面映ゆかったらしい。父は「そりゃ卒業は結構に違いないが、おれの云うのはもう少し意味があるんだ」(中一)と前置きし、「結構」という言葉に彼がこめた「意味」を説明した。なお、この「意味」について、「父は話したくなさそうであった」(中一)という。その理由は不明。

「父」の「立場」は、「その人が置かれている地位や状況。また、その人の面目」(『広辞苑』「立場」②)のことらしい。この「立場」は受身的だ。「観点」(『広辞苑』「立場」③)といった意味の〈立場〉なら、自分で決められる。自分で決められないような「立場」から発せられた言葉の「意味」は、本音とは限らない。だが、このときのPは、真似事で「父」の「立場」を尊重してやることによって、親子の疎隔を自他に対して隠蔽したようだ。

 

<漱石は、明治という時代の展開に従って徐々に強まっていく、江戸時代とは異なった抑圧のシステムを見つめながら、その正体を「立場」として鋭く抉りだした、というように解釈するべきかもしれません。

しかし同時に漱石には、「立場」に拘束されることに嫌悪感を覚えながらも、それを守らねばならぬという義務感をも覚え、いつまでも果てることのない悩みの中で胃潰瘍になる、という側面があったようにも思います。もしそうだとすれば、それは現代日本人のあり方の、典型であり先駆であるようにも見えます。彼の作品がこれほどまで広く長く読まれ続けている理由は、あるいはこのあたりにあるのかもしれません。

(安冨歩『原発危機と「東大話法」 傍観者の論理 欺瞞の言語』)>

 

「鋭く抉りだした」みたいなのは、文豪伝説。

「義務感」が「嫌悪感」に直結するとは思えない。「いつまでも果てることのない悩み」は、自分の立場③が原因ではなく、与えられた立場②が原因で生じるのだろう。つまり、立場②に「拘束されること」を拒否できないから「悩み」が生じる。拒否できないのは、独自の立場③を確立できていないからだろう。つまり、基本的に無責任だからだろう。

 

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1320 「中 両親と私」のあらすじ

1323 看取りと読み取り

 

「中」に、Sは登場しない。Pとの手紙などのやりとりが少しあるだけだ。

 

<「私」が手紙を読むころ「先生」は死んでいる、という意味の言葉が目を射た。心臓が一瞬にして凍りついたような気がした。慌(あわ)てて、「先生」の安否を探るため手紙を繰(く)ったが、手掛かりを見つける余裕もなかった。そして上京を決断する。「私」は父の最期を見(ママ)取るよりも、「先生」の最期を確かめることを選んだ。

(角川書店編『漱石の「こころ」』)>

 

Pの「父」は、「乃木(のぎ)大将の死んだ時」(中十二)から、死を夢見るようになる。

 

<父は時々囈(うわ)語(ごと)を云う様になった。

「乃木大将に済まない。実に面目(めんぼく)次第がない。いえ私もすぐ御(お)後(あと)から」

こんな言葉をひょいひょい出した。

(夏目漱石『こころ』「中 両親と私」十六)>

 

Sの「遺書」は、一種の「囈(うわ)語(ごと)」だろう。

 

<これでも私はこの長い手紙を書くのに、私と同じ地位に置かれた他(ほか)の人と比べたら、或は多少落ち付いていやしないかと思っているのです。

(夏目漱石『こころ』「下 先生と遺書」三)>

 

「これ」がどれだか、不明。「この長い手紙」は変。「手紙」は始まったばかりだ。〈地位〉には、「社会や集団において、目標、規範、価値基準などによって、一定の形に配列されている人々の位置のこと」(『ブリタニカ』「地位」)といった意味がある。そんな「地位」に誰がSを置いたのだろう。「他(ほか)の人」の具体例は不明だが、作中で探せばPの「父」しか見つからない。勿論、SはPの「父」の「地位」や「立場」など、ほとんど知らない。

〈「父」を看取ること〉と〈「父」の意を汲み取ること〉と〈「遺書」から「生きた教訓」を読み取ること〉を同質とみなせば、Pは親不孝ではないことになる。Pが「父」を見捨てるのは、「父」の希望だったのかもしれない。孟母断機の故事が連想される。

 

<父ははっきり「有難う」と云った。父の精神は存外朦朧(もうろう)としていなかった。

(夏目漱石『こころ』「中 両親と私」十八)>

 

「有難う」は、Pの耳に〈おれの「精神」を受け継いでくれて「有難う」〉と聞こえたのかもしれない。

「存外」ではないが、「朦朧(もうろう)として」いたのだ。そのせいで本音が漏れたらしい。語り手Pあるいは作者は、そうした夢想あるいは虚偽を暗示しているのかもしれない。

(1320終)

 

 

 

 

 


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