ヒルネボウ

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腐った林檎の匂いのする異星人と一緒  31 ミシン

2022-02-14 10:33:05 | 小説

   腐った林檎の匂いのする異星人と一緒

       31 ミシン

いつだったか、鉄柵のような鉄柱のような、冷たい、堅い、平たい物を右手と左手で掴み、その間から踏み板を見ていた。踏み板の上には足が載っていて、板の動きに合わせて動く。右足が少し前に出ているのは、その方が楽だからだよね。

膝から上は見えない。お姉さんかな。何でも教えてくれた人。生き方。そして、死に方。

お姉さん。私が生まれる前に死んだお姉さん。お姉さんがほしくて、でも、いないから、死んだことにしていたお姉さん。死んだことにされてしまったお姉さん。

あの頃、日記を書き始めていた。嘘の日記。書くことがなくて、嘘しか書くことがなくて、嘘を思いつくのが楽しくて、うきうきしながら書いた。

その日記にミシンの話も書いた。

ミシンに異星人が颯爽と乗り込む。踏み板に坐り、体を左右に揺らすと、プロペラが廻り始める。

やあ。分厚い雲を抉り、ミシンが落ちてくるぞ。頑張れ。頑張ってプロベラを回すんだ。カタコト、カタコト、カタコト…… 

日記を読んで、お姉さんが笑った。

笑われるのは嫌だ! 

もう、日記なんか、書かない。

誓って。

と、日記に書いた。

なんてね。

今日も書いちゃったよ、嘘。

というのも嘘だったりしてさ。

お姉さんは私を置いてどこかへ行ってしまったんだ、自分らしく生きることのできる時空を探しに、とか何とか、うまいこと、言ってさ。

というのは、嘘。本当に嘘。

お姉さんは私のことを嫌いになったんだ。絶対だよ。

ごめんなさい。

なんて言ってくれても、もう遅いんだからね。

ああ。退屈。

こんな日記帳、燃しちゃうぞ。

お姉さんが数ページだけ書いて忘れてった日記帳。

さてと。

カタコト、カタ…… 

(終)