腐った林檎の匂いのする異星人と一緒
31 ミシン
いつだったか、鉄柵のような鉄柱のような、冷たい、堅い、平たい物を右手と左手で掴み、その間から踏み板を見ていた。踏み板の上には足が載っていて、板の動きに合わせて動く。右足が少し前に出ているのは、その方が楽だからだよね。
膝から上は見えない。お姉さんかな。何でも教えてくれた人。生き方。そして、死に方。
お姉さん。私が生まれる前に死んだお姉さん。お姉さんがほしくて、でも、いないから、死んだことにしていたお姉さん。死んだことにされてしまったお姉さん。
あの頃、日記を書き始めていた。嘘の日記。書くことがなくて、嘘しか書くことがなくて、嘘を思いつくのが楽しくて、うきうきしながら書いた。
その日記にミシンの話も書いた。
ミシンに異星人が颯爽と乗り込む。踏み板に坐り、体を左右に揺らすと、プロペラが廻り始める。
やあ。分厚い雲を抉り、ミシンが落ちてくるぞ。頑張れ。頑張ってプロベラを回すんだ。カタコト、カタコト、カタコト……
日記を読んで、お姉さんが笑った。
笑われるのは嫌だ!
もう、日記なんか、書かない。
誓って。
と、日記に書いた。
なんてね。
今日も書いちゃったよ、嘘。
というのも嘘だったりしてさ。
お姉さんは私を置いてどこかへ行ってしまったんだ、自分らしく生きることのできる時空を探しに、とか何とか、うまいこと、言ってさ。
というのは、嘘。本当に嘘。
お姉さんは私のことを嫌いになったんだ。絶対だよ。
ごめんなさい。
なんて言ってくれても、もう遅いんだからね。
ああ。退屈。
こんな日記帳、燃しちゃうぞ。
お姉さんが数ページだけ書いて忘れてった日記帳。
さてと。
カタコト、カタ……
(終)